KYOTO EXPERIMENT 2016 AUTUMN|京都国際舞台芸術祭

2016年10月22日-11月13日

Feature(特集)

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マーク・テ『Baling(バリン)』

  • COLUMN

マーク・テへの寄稿「日本の過去や未来とも重なる、現在進行形のドキュメンタリー演劇」岩城京子

クアラルンプールに降り立つと、日本の「過去」と「未来」を同時に生きているような不思議な感情が去来する。「日本も昔はこうだったのか」とふと思うのは、マレーシアという国の若さと、それに付随する国民の熱さに接したとき。マラヤ連邦が宗主国イギリスから独立を果たしたのは、まだほんの60年程前の出来事。人間に喩えるなら、この国はまだ思春期のさなかにある。だからこそここで暮らす若手政治家や芸術家たちは、「未来は自分たちの手で切り拓く」という、まるで幕末の志士のような信念を抱いている。

 本作の演出家マーク・テは、マレーシア人民正義党の若手政治家であり、本作のパフォーマーのひとりであり、かつ自身の大親友でもあるファーミ・ファジルの結婚式に参列した際、「もしここでテロが起きたら、国の歩みが三十年遅れる」と心底恐ろしくなったという。彼の言葉に驕りはない。テは自分のような欧州で学んだ芸術家や、ファジルのようなリベラルな政治家は、マレーシアの日進月歩の成長に不可欠なエリートであることを素直に認識しているのだ。こうした国と向きあう誠実さは、日本が過去に置き去りにしてきてしまったも ののように思える。

 逆に、日本の未来図を眺めているように思えるのは、民主主義の破綻を目の当たりにしたとき。マレーシアでは政治家と企業の癒着はあたりまえ。判事は賄賂で買収できるし、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の批准も日本に先駆けて承認している。また2008年には、当時の首相が「メディアは自己検閲を実践すべき」と宣言して物議をかもした。

表現の自由について付け足すなら、マレーシアでは近年、1960年マレー緊急事態の終わりに施行された「国家保安法(Internal Security Act)」が「国家和平法(National Harmony Act)」として刷新され、国の和平を乱すとみなされた人間を「無作為に」逮捕できるようになった。ちなみに今春、『バリン(Baling)』がクアラルンプールで上演された際にも、政治上層部から演者のひとりであるファジルに「過激な発言は自粛するように」と検挙を臭わすような事前連絡が入ったという(そのため、内容を若干変更した)。特定秘密保護法が施行されたいま、こうした民主主義の退行は日本の近未来の姿に重なる。

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マーク・テ『Baling(バリン)』

 このような社会的文脈のなかで捉えると、いかに本作が遠い未来から歴史検証するだけのドキュメンタリー演劇とは異なるかがわかる。たしかに本作は、ブレヒトの異化効果を踏襲し、ペーター・ヴァイスが1968年に定義したドキュメンタリー・シアターの演出作法を受け継ぐ、欧州直系のドキュメンタリー演劇ともみなせる。ただ西洋のそれと大きく異なるのは、いまここで演じているパフォーマーが「明日、連行されるかもしれない」という切迫感。つまり芸術と政治の、恐ろしいほどの近さだ。

 この舞台において、1955年に行われたバリン会談は、マレー系マラヤ連邦初代首相トゥンク・アブドゥル・ラーマンと中華系マラヤ共産党リーダー陳平書記長、そして当時のシンガポール主席大臣デヴィッド・マーシャルの三者間で取り交わされた、過去の、難解な、歴史事件として扱われない。これは現在も多民族国家マレーシアに残るマレー系と中華系民族の分断線を問いなおす物語であり、高度資本主義を押し売りする隣国シンガポールとの関係性を睦みなおす試みであり、英米列強に手綱を握られてきたアジア諸国の民主主義を再検証する演劇なのだ。単なる傍観者による記録演劇ではないからこそ、本作には力が宿る。つまり現在のマレーシアの観客や、引いては日本の観客さえも、共犯者に仕立て上げてしまう現在進行形のドキュメンタリー演劇だからこそ、本作はすこぶるスリリングなのだ。

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マーク・テ『Baling(バリン)』

岩城京子 Kyoko IWAKI

パフォーミング・アーツを専門とするフリージャーナリスト、研究者。東京とロンドンを拠点に世界24カ国で取材、和英両文で執筆を行う。執筆先に、朝日新聞、新潮、AERAなど。ロンドン大学ゴールドスミス校演劇学部修士課程修了。現在同大学博士後期課程在籍、ならびに同校非常勤講師。ロンドン大学演劇パフォーマンス社会学研究所研究員。2015年、アジア5カ国のキュレーターと研究者により構成されるScene/Asiaプロジェクトを設立。主な近著に『東京演劇現在形 八人の新進作家たちとの対話』出版(Hublet Publishing、英国)。共著に『A History of Japanese Theatre』(Cambridge University Press、英国)、『Fukushima and the Arts: Negotiating Nuclear Disaster』(Routledge、英国)など。

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