KYOTO EXPERIMENT 2016 AUTUMN|京都国際舞台芸術祭

2016年10月22日-11月13日

Feature(特集)

matsune_maruyama-1

松根充和への寄稿「『踊れ、入国したければ!』上演にあたって」丸山美佳

  • COLUMN

松根充和への寄稿「『踊れ、入国したければ!』上演にあたって」丸山美佳

 パフォーマンス『踊れ、入国したければ!』は、展覧会『世界の向こう側へ』とあわせて、日常に横たわる境界線に焦点を当てたものである。パフォーマンスの舞台の中心はイスラエルの空港。タイトルは、イスラム系の名前を持っていたがゆえに空港の入国審査で尋問され、その場で踊るように強要されたアフリカ系アメリカ人ダンサーにまつわる逸話を指している。

 入国するためにふさわしいダンスとはなんだろうか?
 この一見すると奇妙な出来事を知った松根は、その場で起こったさまざまな可能性について思いを巡らせる。パフォーマンスでは、この出来事を想像している松根自身が、徐々に空港でダンサーが強いられた状況と交じり合っていく。そして、ダンサーがその場で踊ったかもしれない、黒人ダンサーのために振り付けられたダイナミックなダンスやヒップホップを一生懸命に踊ったりしてみせるのだ。自身の経験と結びつけながら、境界を越えるときに生まれるようなドラマチックな創造性に触れようと、さまざまな試みが行われていくのである。

matsune_maruyama-2

(c) Michikazu Matsune

 しかし、国境を越える際にはパスポートが必要であり、私たちの移動はこの外的なシステムによって監視・制御されている。パスポートこそが国籍を保証してくれるのであり、そのアイデンティティを持った人として移動の権利を付与してくれるのだ。パスポートが保証するアイデンティティとは何だろうか? パスポートを必要とする境界線とは何であろうか?
 このシステムゆえに国境を越えることに困難を抱える人々が存在しているのは、いま世界を取り巻く状況を見ればよくわかる。情報が容易に手に入り、コスト的にも時間的にも移動がしやすくなった現在、国を越えた移動は逆に難しくなっているともいえる。

自分の意思とは関係なく移動は制限され、人種や宗教問題はそれよりも根深く残っているのである。ダンサーをめぐる出来事は、奴隷制度を背景にした黒人文化や中東の国境問題を介して、民族や宗教といった複雑な歴史の中にいまなお残る負の遺産が、彼ら自身の一部として表出してくる状況の一端にすぎない。
 自身の身体を用いながら創造的にこれらの問題を再構築することは、境界線があちらこちらにひしめく世界において、私たちは良くも悪くも否応なく他者によって常に識別、区別され、時には差別されるような境界線の多義的な側面を明るみにだす。そして、それらは極めて物理的な身体の周りで起こっていることを、もう一度思い起こさせるのである。

 移動とは幾つもの境界線を越えていくことである。境界線上に生まれる文化間の出会いは人々の想像力を駆り立ててきた。しかし、そこには圧倒的な線引きによって生まれる暴力も存在しているのである。
 私がこのパフォーマンスを観た2015年6月は、中東で発生した難民の移動がそこまで大きな問題にはなっていなかった。しかし、これらの問題は絶えず社会の中に存在してきた。地政学的な国境線にとどまらず、境界線の問題は複雑に絡みあいながら摩擦を拡大し絶えず状況は変化し続けている。

松根のパフォーマンスはそのような状況下において、黒人の身体でもなくイスラム教とも無関係な、パスポートが保証するような「日本人」としての身体をあえて介することで行われる。国境をはじめとした分断とその軋轢を超えて、その身体が境界線を越えようとする時の創造的な状況へ導こうとしながら。

丸山美佳 Mika MARUYAMA

ウィーンと東京を拠点に、展覧会やパフォーマンスの批評、レビューを寄稿している。ギャラリーや多数のアートプロジェクトで経験を積みながら、現在、ウィーン美術アカデミー博士課程在籍。専門は現代美術 、芸術論。

PageTop