TICKETS

京都国際舞台芸術祭 2017

FEATURES:Interview

ダレル・ジョーンズ インタビュー

2017年5月、神戸DANCE BOXにて新作『クラッチ』に向けて滞在制作を行っていたダレル・ジョーンズに、KYOTO EXPERIMENTプログラムディレクターの橋本裕介がインタビューを行いました。

橋本裕介 あなたのダンスにとって一つ重要な要素は「ヴォーギング」だと思うのですが、あなたにとってのヴォーギングの定義を教えてください。

ダレル・ジョーンズ 私はヴォーギングという言葉を時々、特にこの言葉についてよく知られていない地域で使用することにしています。しかし、これは表面的な情報でしかないように感じています。私たちが行っているワークショップのタイトルを「Vougue Aesthetics (ヴォーグの美学)」と呼んでいますが、私はヴォーギングの動きだけでなく、その芸術性が引き継いでいる哲学のようなものに深く関心を持ちました。なぜ、彼らは腕を使いアヒルが歩く様に動くのだろうといつも興味がありました。どうしてこれが素晴らしいとされる様になったのか、これはどういうことだろう? と。この動きが身体に与える影響を使って遊んでみるようになったのです。
ヴォーギングは身体に負荷をかけます。足腰は強くなくてはいけませんが、同時に腕は軽やかでないといけません。ヴォーギングの美しさは二つの拮抗する力を同時進行できる能力のことなのかもしれません。必死にやっていても、汗は人に見せないのです。

橋本 この軽さと重さの対比は一人の人間の中に存在するある種の矛盾のようなものに繋がるのでしょうか?

ジョーンズ この対比には身体を自由にする可能性があると思っています。自由というのは、「わあ、自由だ。」と感じることばかりではなく、「わあ、難しい。」と感じることも自由だと思うんです。この二つのことを同時に行うことをしなくてはならない。錬金術、私はこの言葉をよく使うのですが、異なる要素が共になることによって、身体にある種のエネルギーを生み出すことができます。
だからこそ、時々ヴォーギングという言葉を使うのを控えるのだと思います。ただの動きとしてよりも、何かもっと深いものがそこにあるように感じるからです。ヴォーギングは私にとっての伝統舞踊です。私はアフリカ系アメリカ人で、ゲイで男性です。この形式はこういった体によって作り出されたのです。
ダンスを学んでいた時、私にダンスを教えていた身体たちを見渡しました。彼らは沢山の情報を持っていましたが、私のような外見をしていませんでした。もしくは、私のような背景を持ち合わせていませんでした。私のような外見で、私のように生き、私のようにセックスするようなダンスの形式を考えるということはとても面白かったです。

橋本 あなたの伝統舞踊、もしくはダレル・ジョーンズを象徴しているようなダンスについて話してくれました。劇場で踊る時、観客はあなたを見てアフリカ系アメリカ人で、ゲイで、男性だと理解すると思います。でも、おそらく簡単に分かるということで終わらせたくないと思うのですが、観客が簡単にラベルを貼って終わらせないための戦略はありますか?
どのようにしてその先を体験してもらうのでしょうか。

ジョーンズ その意味では、これまでの滞在制作で行ったワークショップはとても役立っています。クラブに行ったり、ブブ(・ド・ラ・マドレーヌ)さんと話したり。そうやって、あるコミュニティに触れるということは、ただ完成したものを持って来て、劇場に入るだけが作品ではないということを示しています。それももちろんまっとうなやり方ですが、私にとって身体が、特にこの国、日本人の身体がどのように動くのか、どういったことが挑戦となるのか、を知ることはとても役立ちました。
自分にとって挑戦と感じられる箇所というのは、問題を解決しようとしているので、実は一番多く情報が得られる部分です。私が「はい。」と言った時、彼らの身体はある種の反応をするかもしれない。それは「そうそう。」と言った時とでは異なる反応かもしれない。このような類のリサーチは私にとってとても役立つように感じています。
私はDJのようにトラック(楽曲、音源)を使って創作するのですが、私の場合は動きをトラックとして利用します。ある場所に行って、願わくばその文化を少しでも理解して、動きの中のある要素を拾い上げ、そしてトラックを選ぶ。DJは自分がかけるだろう曲をいくつか持っています。彼らは観客を見て、その集団がどんなふうに踊っているのかを見てどのトラックをかけるかを決める。瞬時にキュレーションしているのです。今回のリサーチ過程はKYOTO EXPERIMENTとどんなトラックを共有したらいいのかを私にキュレーションさせてくれました。

橋本 11月の公演まで楽しみにしておきたいところではありますが、今回のリサーチプロセスの中で、日本のクラブシーンを見て、知らなかったことや、シカゴやアメリカと違うと思ったところがあったとしたら、どのようなところでしょうか?

ジョーンズ 共通点と感じたものはいくつかありました。神戸で行った滞在制作でのワークショップはとても興味深かったです。例えば、集合するというエクササイズがあるんですが、手を叩く人の周りに出来るだけ素早く集まらないといけない。常に動ける身体の状態にいることがこのエクササイズの意図です。
いつもアメリカでこれをやると、アメリカの人達はどちらかというと(ファイティングポーズをしながら)戦う時の姿勢になるんです。日本の人はこんな感じ(「気をつけ」の姿勢をしながら)でした。集まって来た時、彼らの体にも緊張感があるのですが、アメリカの人達とは違った風なのです。最初修正しようとしたのですが、彼らは一列に並んでいて、グループとして準備ができている。そこには、個人としてではなく、集団として準備をする時の何かがありました。
こういったことを作品の中に取り込んで行くと思います。これが私にとって振付の素材になるんです。

橋本 本当!? 相当日本の小学校や中学校の教育で、規律ということが叩き込まれているということでしょうか。

ジョーンズ どうでしょう。私たちの体には、どこか別の場所に行くまで気づくことのできない、知らず知らずのうちに取り込んだ訓練があると思います。私は「解放」という考えに惹かれますが、その訓練に意識的であれば、それに従うこともできるし、逆らうこともできる。これは自由の、ある一つの形かもしれません。
もし自分の中の訓練された要素に気がついていなかったら、ただ全てを受け入れるだけになる。自分の体の中にある種の訓練があることを知り、それに逆らうことは解放と感じられないかもしれませんが、その行動自体が何かを培っているのかもしれない。それが錬金術です。

Photo by Junpei Iwamoto

橋本 話題を少し変えて。劇場で行うダンスと、クラブで行うダンスでは隔たりがありますよね。ダレルさんの活動はそれを行き来させようとしている活動だと思うのですが、どのように劇場でのダンスのキャリアを積んで行ったのか、具体的に一緒に仕事をした振付家がどんな人で、どういうダンスだったのかお伺いできますか。

ジョーンズ 私の経歴はコンテンポラリーダンスにあります。私はコンテンポラリーダンスや、コンタクトインプロ、西アフリカンダンスを勉強しました。でも、夜はよくクラブに通っていた。そこでの踊りは求愛の儀式の踊りのようなもので、誰かをひっかけるための踊りなんですが、それもダンスには変わりなかった。
その二つのやり方を継続して、シカゴに移った時に両方のダンスが私の体に訓練として存在しているということに興味を持ち、二つの方法を融合し始めました。でも全然上手く行かなかった。その二つの文化が全く異なるために、しばらくはスムーズにいきませんでした。
例えばリハーサル。コンテンポラリーダンスでは、1日4時間を週に4日間して1週間公演を行うといった形式ですよね。クラブでは、ただそこに行って踊るだけ。踊ることを続けることで上手くなっていく。準備の時間のあり方が異なるのです。この二つを合わせるためのレシピを考える中で、あらかじめ決定しておける構造を探すための実験を続けました。
照明の人に「何をやるかは現場に行った時に考えよう」と伝えるのは効果的ではありません。時間と場所によって限定されることがあるけれども、私たちはその中に即興の要素を取り込もうとしました。例えば、照明デザイナーに「私たちは5分のセクションを踊るので20秒後に照明を変え続けてください」と伝える。私たちにとっては即興だけど、こうすることによって照明デザイナーが作業するための構造を与えることができる。これら二つの間を常に行き来しようとしているように感じます。
これまで一緒にやった振付家、べべ・ミラー、ラルフ・レモン、田中泯、アーバン・ブッシュ・ウーマン、これらの振付家の動きの美的感覚は非常に異なります。特徴的なのが、どの人も過激な表現をしていること。民族の文化や、演劇の儀礼の文化に対してなど、文化に逆らって創作しているように感じます。

橋本 田中泯さん以外はみんなアフリカ系アメリカ人の方々なんですね。

ジョーンズ はい、そうです。泯さんの話を少しすると、初めて泯さんと創作していた時、彼は「これは舞踏ではない」と言いました。彼が何を意図していたかを理解した気がしたのはその一年後でした。私が彼のもとで勉強していた当時、色々な国から来た人たちがワークショップを受け、その後彼らが自国で舞踏を教えるということが起こっていました。つまり、彼らはある意味文化を盗用していたんですね。
それに対する彼のリアクションは、「それを舞踏とは呼ばない、自分たちがやっているのは舞踏ではない。私はこれに名前をつけないし、これは商品として売られるようなものではない」というものでした。ジャズや、ヒップホップなど多くの黒人文化の歴史にも共通する部分があるように感じます。
田中さんはムーブメントの習性を理解していて、文化を奪われたり、盗用されたりしてしまわないように名前を変え続けるなど、時には少しずる賢くあるべきだ、ということを理解していたように感じます。もしかしたら、そうすることで形式を生かし続けようとしているのかもしれません。
時々、こういったスタンスは他人を困惑させます。なぜその方向で進んで(舞踏として広めて)、たくさんお金を稼がないのかと。ラルフとべべも同じだったように思います。彼らは何かを作っても、新しいことを始められるようにそれを消し去り続けています。私にとって、これら全てのアーティストとの活動は、過程と厳しさに尽きる気がします。とても厳しい過程が、時には何年もかけてありました。でも最終的に目指すものは公演ではなく、その過程なのです。過程によって人は変化し、人の体は変化するのであって、誰かが見る公演である必要はない。人々がその過程を見られる場という点では、公演が影響を及ぼすこともできると思いますが。

橋本 最後に、今度11月に京都で発表する予定の作品の構想、もしくはアイデアを教えてください。

ジョーンズ 神戸で創作をしていた時に上がってきた構造の一つは「タバタ式」と呼ばれる訓練方式です。田畑泉博士は日本のスポーツ科学の研究者で、高強度インターバルトレーニングの「タバタプロトコル」を発表したことで有名になりました。
例えば、20秒の高強度の運動をしたあと、10秒の休憩をする、これを繰り返します。これはパターンなので、いろんな運動に使うことができます。20秒の腕立て伏せや、20秒のランニングの後に10秒休む、など。彼は激しい運動と休憩の正しいタイミングはいつか、そしてどれくらいであるべきかということを研究しました。だいたいが7〜8セットです。なので、一つの運動で4分ですね。
異なる身体的な素材を挿入できる構造だと思い、興味を持つようになりました。例えば、DJと一緒に私がやっているとして、私たちの休憩時間は鳥のさえずりを入れたり、体の呼吸や、ベルの音を入れたりする。次に激しいトラックの素材を配置して、私たちの体にとって激しく感じる、もしくは観客や観察者が激しく感じるものを拡張していく。観客の前で作り出される激しい動きと、休憩の動きや状態を利用しながら展開していきます。
これは神戸や京都で作った動きのトラックを挿入しつつ、一方で過去に作ったトラックも利用できる、うってつけの構造のように感じています。高強度の運動の時間や、休憩の時間を伸ばすこともし始めています。構造が進むにつれて見ている人がそれに感情移入し始めたら、そこから二つの間に発生するものを使って遊ぶことができます。
私は、この激しさと休憩の関係を多様なレベル(構造的、身体的、精神的)で考えることができると同時に、協力してくれた人たちが貢献してくれた要素を繋ぐための主要点としても機能してくれると思っています。例えば、照明は20秒間は一部を照らし、10秒は他方を照らすなど、二分して考えることもできるのではないかと思います。激しさと休憩という主題構造があり、ダンサー、照明、音響、キュレーター、それぞれが役割を演じることができる。最適な構造を見つけた時、私たちは各々の異なる方法で集まり、そこへ入り込んでいけるのです。

 

インタビュー収録:2017年6月6日、京都芸術センター
英文編集:ジュリエット・ナップ(KYOTO EXPERIMENT)
和文英訳:山口惠子
撮影:岩本順平

Photo by Junpei Iwamoto

一覧へ戻る