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京都国際舞台芸術祭 2017

FEATURES:Other

[寄稿]スン・シャオシン「村川拓也は北京でサソリの串焼きを食べた」

私は村川拓也の歴史を知らず、彼は歴史を求めていない。昨年と今年、彼は北京と上海を訪れ、合計3回のワークショップを開催した。その内の1回は8回目となる京都国際舞台芸術祭のために中国人俳優を見つけるためだった。この若い演出家が何者であるかを知る人はなく、ただ彼が関西空港行きの往復航空券を用意していることは知っていた。応募者は多く、とくに上海が爆発的だった。応募の第一条件は日本語のできる中国人である。応募者たちは外国語大学や専門学校で日本語を学んでいるだけでなく、「JK制服が好き、ビリビリ動画」(訳註:中国の動画配信サイト)で日本の番組を追いかけ、コスプレサークルに参加したりしている。彼らのファッション、しゃべり方、仕草や姿勢には混沌とした無国籍状態が見られる。スモッグに覆われた北京の空の下、彼らはスマホに取り込んだ日本のドラマに溺れていた。

村川が即興で決めたルールは「競争」であり、その演出意図は「淘汰」だった。彼は自らの権力を「乱用」した「。私が選ばれなかった理由は、多分日本人に似すぎて中国的特徴が何もなく、演出家に気に入られなかったからだと思う」。仲間の前ではいつも自分が「特別」だと内心自慢だった女の子は、村川に出会って自分が「コピー」であると気づかされ、落ち込んでいた。村川はこのワークショップで残酷な独裁者を演じ、中国と日本をAとBの対照だとするならば、その中間に「AでもBでもない」状態があることを意識させていた。

中国は全世界最大の工場として、異国の商品だけでなく、異国の少年少女も生産している。もはや彼らはどこにも属さず、国内に残った「不良品」のように、ブランドも著作権も歴史さえもない。村川拓也の作品には台本がなく、上演参加者はインターネットで自由にコピー&ペーストされる画像や文章のように、好き勝手に切り取られ、組み合わされ、新しいものとして発表される。それらはもともと「コピー」なので、「コピーのコピー」になるのは逃れ難い宿命なのだ。いわゆる「オリジナル」とは何だ?フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールのシミュレーション第三層によれば、もはや真実は存在しない。「湾岸戦争は起きていない」、「これまで中国はなかった」ということだ。

ワークショップが終わって、村川は偽ブランド玩具を売っている市場に行ったが、収穫はなかった。しかし王府井の歩行者天国でサソリの串焼きを食べた後、ついに「哆啦B梦」(訳註:ドラビーモン。ドラえもんのパクリ)を見つけた。「山寨」(訳註:シャンジャイ。パクリ商品の隠語) は、中国語の中で間違いなく価値観を伴った言葉(ただしCopyleftとして理解されるべき)になっているが、それは「スマート」(日本のビジュアル系のコピー)や「非主流」(日本の渋谷系・ゴス系・ロリ系等のコピー)と同じようにマイナスの意味を持つ反面、著作権への忠誠、プラトンの理念世界(日本など先進資本主義国家の隠喩)への忠誠があるわけだ。

村川が京都で上演する新作は、日本、韓国と中国を横断するチャレンジ精神に満ちている。「国を超える対話」は、すでに各国首脳によって政治的正しさを演じて見せるものとなり、その台本は広く行き渡っている。しかし村川拓也に期待するのはそのような一般的な方法ではなく、Outsiderの方法で「国を超え」て「対話する」手立てを見つけ出すことである。

スン・シャオシン(孙晓星)
1986年天津生まれ。中国、北京を拠点に活動。劇作家、演出家、批評家。中央戯劇学院卒、現在天津音楽学院戯劇ドラマ及び映画科講師。2015年、劇団en?(这是怎么回事? 怎么变这样?/ What has happened? How does it come to this?)を設立。近年には、若者を中心に中国の現代社会を広く覆うインターネット環境やマンガから着想を得た、『漂流宅(Drift Home)』(2014)、『Speed Show: Drifting Net Café』(2016)、『空爱1场(Love's Labour's Lost)』(2016)、『這是你要的那條信息......不要讓別人看到;-) (Here Is the Message You Asked For... Don't Tell Anyone Else ;-))』(2016)などの作

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