KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 10年の記録とこれから
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31 畑律江 毎⽇新聞⼤阪本社 学芸部専⾨編集委員(舞台芸術担当) 「『都会』は、どの国にも⼀つしかないんですよ」。随分と前、演劇担当になって1年ほどが過ぎたころ、顔⾒知りの演劇記者がそう話すのを聞いた。やがて彼はかねてからの希望を実らせ、関⻄から東京へと異動していった。 当時は彼の⾔葉の意味を深く考えなかったのだが、今は何となくわかる。著名な俳優やスタッフが集まり、祝祭的な作品が次々に⽣まれ、全国に送り出され、興⾏的な成功を⽣む――。舞台芸術界でそんなことが起きる場所を「都会」と呼ぶなら、それは確かに⼀国に⼀カ所だ。世界の「都会」はさしずめニューヨークあたりか。「都会」を取材することが第⼀線の仕事、と彼は⾔いたかったのだろう。 この考えに従うなら、京都は「都会」ではない。それはすぐに理解できる。だが同時に私は、何とも割り切れない思いを抱いてしまう。 ⽇本には⼤⼩さまざまな⽂化圏があり、それぞれが異なる気候や⾵⼟、歴史や⾔語の⼟壌の上に成り⽴っている。おのずと住⺠の気⾵や習慣、権⼒の中枢からの距離感も違い、そのことが、舞台芸術に対する好みや、そこで⽣まれる表現の違いを⽣んでいる。地⽅を拠点に活動する創作者は、この事実を、「都会」との対照において常に意識させられる。そして⾃⾝に問う必要に迫られる。「⾃分はなぜ、この場所で作っているのか」と。 何ともまどろっこしいことである。だが地⽅の創作者のこうした構えは、決してマイナスだとは⾔い切れないように思うのだ。「中央にいる」ことの魔⼒は時に、⽂化の多元性を忘れさせる危うさをはらむからである。 2010年に始まったKYOTO EXPERIMENTは、アジアやアフリカや南⽶諸国の作品を数多く紹介してきた。私⾃⾝、それらの表現に幾度も⽬を奪われた。そこには、切実な社会状況――それは戦乱だったり、差別だったり、環境破壊だったりした――を⽣きる⼈間たちの姿があった。「洗練」や「美」とはこうだと考えていた私の思い込みも、激しく揺さぶられた。そして何より、関⻄に住む我々が、経済的・時間的に無理を重ねることなく、そうした舞台芸術に直接アクセスできるようになったのは画期的なことだった。 KYOTO EXPERIMENTのあり⽅は、⼆重の意味で「多元的」なのだ。まず、世界の多様な⽂化圏の作品を積極的に紹介するという点で。もう⼀つは、冒頭の⾔葉が指す意味での「都会」ではない地で開催されている、という点で。何事につけ、発信地が⼀極集中し、同じような⾊合いになっていくことほど恐ろしいことはない。そうではなく、多元的な⽂化が、互いに敬意を払いつつ影響し合うというあり⽅を⽰してきたのが、この演劇祭だったのではないか。 歴史に恵まれ、⼀⽅で新しいものにも貪欲な京都という街の気⾵が、この演劇祭を成功させる⼒となったのは確かである。これからも、ただそこで安住するのではなく、多元的な⽂化状況を提⽰し続ける挑戦の場として、先駆的な役割を果たし続けて欲しいと願う。

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