Interview

インタビュー ザカリー・オバザン

Photo by Ayako Abe Photo by Ayako Abe

2010年の初演以降、世界13ヶ国・22地域で巡演されている、ザカリー・オバザンのソロ・パフォーマンス『Your brother. Rmember?』が、日本初登場!
子供の頃兄弟で撮影した映像と、20年後再び同じショットで撮影した映像とを組み合わせ、巧妙な舞台を創りあげたザカリー・オバザン氏にお話を伺いました。

これまでの活動

── あなたは、ネイチャー・シアター・オクラホマという劇団で今も活動されていますが、そこに至るまで、どのようなプロセスで舞台の世界に入ったんですか。

ザカリー・オバザン(以下、オバザン) 高校から演劇を始めました。今回の作品でも多くビデオを使っていますが、それはその頃に撮ったものです。子供の頃、兄や学校の友人とビデオを作ったことで、演じるということに興味を持ち始めました。それまでは数学や科学に興味があったので、コンピュータ・エンジニアになろうと思っていたのですが、映像作品を作り始めたことによって、演じること、演劇作品や映像作品を作ることがとても楽しいのだということを発見しました。ですので、子供時代にそういった短編作品を作ったことが、その後に演劇を追求するようになったことにつながってきていると思います。

── ティーンエイジャーや高校生の頃に、すごく興味を持った映画やアーティストはいましたか。

オバザン 私が子供の頃は、特に芸術的な子供ではなかったですし、私が育ったのは、小さい町でした。アートフィルムと言われるものも観たことはあったのですが、ほとんどの影響はアクション映画から受けていました。アートフィルムと言っても、やはりメインストリームのものが多かったですし、大学まで、いわゆる本当のアート系の映像や演劇というものには、あまり縁がありませんでした。子供の頃、多くの時間を費やして、興味を持って観ていたのは、やはりアクションでした。アクション映画とヒーローから大きな影響を受けていて、この作品の中にもかなりそういったものがみられると思います。

── 今ちょうど町の話が出ましたが、あなたが育ったメーン州の町はどんな町だったんでしょう。子供のころ、どんな思いで町を見ていましたか。

オバザン 私が育ったのは、9,000~10,000人くらいの人口の非常に小さい町で、どちらかといえば閉じた町でした。文化的なものがほとんどない、いわゆる工場の町です。作中に出てくる映像も、実家で撮っているので、少し雰囲気が伝わるかと思うのですが、実に文化のない、孤立した町でした。ですから、クリエイティブで、いわばちょっとインテリな子供として、自分から必死に文化やアイディアを探すように努力していました。でも、やはり学校や周りの人はあまり都会的な人たちではなかったですし、知的な面では成熟度の低い閉じた町でした。

── 町を出たのは、大学からですか。大学では、映画や舞台に関係する勉強をしたのですか。

オバザン そうです。結局大学で行ったところも、ニューイングランドの小さな町でした。でも大学のある町だったので、影響を受けることも多かったし、やることもたくさんあり、いろいろなアイデアも得ることが出来ました。小さい町から小さい町へ移動したのですが、育った町を出たことで、視野も広がったし、いろいろな経験をすることが出来ました。大学では、演劇を勉強して学位も演劇で取っているのですが、あまり役に立ったとは思っていません。私が受けた影響は、やはり経験や人生全般から受けているもので、大学の授業からは、あまり学んでいないと思います。

アメリカの若いアーティストをとりまく環境

── 作品の話から離れますが、アメリカの若いアーティストが演劇や舞台の活動をする時は、どういう風にグループを作って、どういう基盤で継続していくのですか。

オバザン アメリカで活動するのは、財政的支援がないので非常に難しいです。ですから皆、作品への愛や、やりたいという欲求から、集まります。大学でひとつ良かったと思うのは、授業はあまり役に立たなかったのですが、同じように活動したいと思っている人と出会えて、大学以外で一緒に活動できる仲間を見つけられたことです。実際、ネイチャー・シアター・オクラホマの元々の中心メンバーも、大学時代の仲間で構成されていました。皆、演劇がやりたくて、ナイーブな気持ちで一緒にニューヨークにやってきて、そこから演劇活動の長い道のりが始まりました。失敗も沢山沢山しました。演劇に対して、自分たちがやっていたことに対して愛があったので、根気よく続けることができたのです。ですが、活動場所を自分で探さなければならなかったり、財政支援が得られないので、日中にアルバイトをして、夜に演劇をしなければならなかったりと、愛と情熱がなければ続きません。

── 日本と全く一緒ですね。やはりアメリカで特にコンテンポラリーシアターの活動をしている人達は、ニューヨークに集まるものなのですか。

オバザン ニューヨークがおそらく中心的な場所です。他にもいくつかそういう街があるのですが、ニューヨークが一番大きな街と言えます。ほとんどお金のない中で、ニューヨークというのは、大規模な観客がいるわけではなくても、実験的な演劇やアバンギャルドな演劇にお金を払って観に来てくれる観客がいる街なんです。他の街では、そういう観客を見つけることは、なかなかできません。

作品のコンセプト・Before/After(以前/その後)

── 作品の話に戻します。子供の頃からビデオをいっぱい撮っていたそうですが、その中でも特に兄弟が出てくる映画を元にした映像が、今回の作品のテーマ、軸になっていますね。今回の作品は劇団を離れて初めての作品と聞いているのですが、なぜ、お兄さんをとりあげこれらの映像を利用した作品を作ろうと思ったのですか。

オバザン このプロジェクトの元々のアイディアは、「ホームビデオを再現する」ことでした。20年前にしたことと同じことを再現し、写真に見られるのと同じように、「Before/After(以前/その後)」の効果を見てみようと考えたのです。ですから、この作品は、兄について、私について、ジャン=クロード・ヴァンダムについて、というのではなく、「Before/After」の実験でした。そのため、出来るだけ同じ状態、つまり、人も同じ、使う道具も同じ、セリフも同じ、場所も同じで、撮影しようとしました。ただし、そこには20年間の差があるわけで、その20年で物事がどのように変わってきたのかを検証したかったのです。友人と作った映像もあったのですが、友人は皆、町を離れてしまっていて、兄だけはまだ実家にいたのと、カメラの前に立つのが好きだと分かっていたので、「20年前に撮った映像をもう一度再現してみない?」と声をかけたら「やろう、やりたい」と言いました。こうして、20年経って、兄ともう一度撮影してみて初めて、この作品が、兄について、20年間にわたる私たち兄弟の関係についての作品なのだということが、見えてきたのです。ですから、最初は、誰について、何について、というのではなく、ビデオ撮影の「Before/After」の効果を学術的に実験するつもりだったのです。

── ご両親はそんな二人のことをどう思っているのですか。

オバザン 両親は実はあまり私達の人生に深く関与していません。残念なことなのですが、この作品も観ていないのです。もちろん私たちのことを愛してくれていますが、私の作品は一つも観たことがありません。

── お兄さんはこの作品が評判になって、いろいろなところで上演されていることを喜んでいらっしゃいますか。

オバザン とても喜んでいて、また私と同じくらい驚いています。私自身も、この作品への反響が大きかったことに、とても驚いているのです。この作品が、こんなに成功するとは思ってもみませんでした。子供の頃に、好きな映画を真似してビデオカメラで録画する、ということは、自分たちだけがやっていることではなく、多くの人が少なからず経験していることだと思うのです。そういう意味で、インターナショナルな観客の皆さんが、自分も経験したこととして、この作品を自分と関係づけて観ることが出来るのだと思います。

マニピュレーション(操ること)について

── 今回の作品には「マニピュレーション(操ること)」という、重要な言葉が出てきます。この言葉の意味を解説してもらえますか。

オバザン それについて、実は私自身、本質的なところはまだ模索しています。「マニピュレーション(操ること)」とは、兄が「演技すること」と「麻薬中毒である」ことが、両方とも「マニピュレーション」に関係していると言ったことから始まっています。私自身も役者として仕事をしている中で、誠実な役者でありたいと願っているのですが、演じるというのはどういうことなのか、役者として誠実であるというのは一体どういうことか、ふりをすることとは、リアルとは一体何なのかということを、常に考え続けています。どんなに誠実であろうとしても、観客の前に立つと、どうしてもそこに「マニピュレーション」の要素が存在してしまうのではないか。観客に、何らかの影響を与えようとしてしまっているのではないか。何かしらの影響を与えようとした時点で、本質的に、人は純粋ではないのです。
ですから私は、観客を「マニピュレートする(操る)」とはどういうことなのかに、非常に興味を持っています。私は誠実なアーティストでありたいと願っていますし、観客を操ることはしたくないのですが、自分に正直になり、そして突き詰めて考えれば考えるほど、アーティストは、決して誠実ではありきれない、そこには、必ず「マニピュレーション」が存在してしまうのだということを、理解しなければならないのです。
つまり、作品を上演する、舞台に立つ、ホームビデオを流して自分も演じるということは、ある意味で、観客を「マニピュレート」しようとしていることになるのです。それは、かなりネガティブな意味合いを持っています。私は、観客の前での誠実さとは何か、「マニピュレートする」とは何なのかを、探求したいのです。自分自身や状況を突き詰めようとすれば、必ず、一定程度の「マニピュレーション」が存在してしまうのです。

取材 : 2011年7月27日
聞き手 : 橋本裕介(KYOTO EXPERIMENTプログラムディレクター)
通訳 : 桑原綾子
編集協力:高田斉

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  • ザカリー・オバザン『Your brother. Remember?』 ART COMPLEX 1928 撮影:阿部綾子

    ザカリー・オバザン

    『Your brother. Remember?』