Essay

ディレクターズノート[2014]

チケット代が高すぎる

KYOTO EXPERIMENTは今年で5回目を迎えます。参加アーティスト、関係各位、そして未知のものとの出会いに貪欲な観客の皆さんに支えられ、継続することが出来ました。とはいえ、特別の感慨に浸っているわけではなく、ただひたすらこのフェスティバルの核心である、新しい取り組みに専心しています。むしろ、毎年新しいチャレンジが許され、そこに集中出来る環境にあることを感謝すべきかもしれません。

では、今年はどんな試みを行うのか。観劇の仕組みに関わる取り組みなので、もしかすると日本の舞台環境に限った内輪話のように受け取られるかもしれません。しかし、運営側の一方的な想いだけでは意味がなく、実際に会場に足を運んでくださる皆さんの理解と参加があって初めて成立するため、敢えてここでご紹介したいと思います。

ひとつめの取り組みとして、「開場時間」を告知することをやめます。観客の皆さんは、開演時間にさえ会場へ来てくださればOKです。指定席の演目では、お客様の席は予め確保されているので、どのタイミングで入場されても観る場所は変わりません。自由席の演目では、開演時間の直前(ほぼ同時)にドアをオープンすることにします。自由席というのは、会場が小規模でどの席で観劇しても鑑賞の内容に差がないという想定で設定していますから、ドアのオープンと同時に座りやすい場所から席を埋めて頂きたいと考えています。この試みにはいくつか理由があります。
KYOTO EXPERIMENTの演目はこれまでもほぼすべて、緞帳(舞台と客席を仕切る幕)を使っておらず、それはすなわち、入場した瞬間から舞台空間が目に入るということを意味しています。つまり、劇の世界がその時点から始まっているに等しい。

これは本来であれば、演出家がコントロールすべき時間にあたりますが、運営上の都合となんとなくの慣習から、開場時間が設定されてきました。ですから今一度、「舞台空間を目にする時間=開演時間」を基本にしたいと思います。
開演までの時間は観客の皆さんにお返ししますので、どうかご自身の時間を満喫してください。この取り組みを通して発生するちょっとした面倒は、観劇にともなう喜びに転化してもらいたいと考えています。
おそらく開演直前には、若干の混雑は生じることでしょう。狭いドアを通過する際にはお互いに譲り合ったり、声を掛け合うことも必要になると思います。でもそのことが、「他人と一緒に何かを観る」という観劇体験の原点に立ち返るきっかけになるはずです。他の観客の息づかいや存在を意識しながら観劇すること。そして、客席を暗闇が覆い、「独り」になって舞台に向き合うその瞬間。それが劇場という場の生み出す、特別な時間ではないでしょうか。

もうひとつの取り組みは、チケット料金の設定です。KYOTO EXPERIMENTでは、今年から明確な料金体系とするため、会場ごとに料金を設定しました。京都芸術センターの演目はすべて同じ料金、春秋座の演目もすべて同じになります。つまり、ソロ作品かグループ作品か、あるいは若手かベテランかといった演目の内容で、料金に差をつけることはしないということです。これにどんな意図があるのか。
「チケットの対価は作品の価値ではなく、会場やフェスティバルの基本的な運営に対して支払われる入場料」と位置づけたいのです。美術館や映画館とほぼ同じ意味合いの料金体系をKYOTO EXPERIMENTに導入しようとしています。このフェスティバルを運営する実行委員会は、様々な組織から多くの金銭的支援を受けています。それは国際的なフェスティバルを実施するためであり、また、新しい作品を創造するためのサポートです。だとすれば、遠方から来るアーティストの旅費や作品制作にかかる費用をチケット料金に加味することは、厳密に言うと受け取っている金銭的支援の趣旨に反します。

別の角度からの説明も試みます。行政であれ民間の企業であれ、芸術に対して支払われる支援は「公的」なお金だと言えます。「公的」である理由は、社会全体に対して広く、かつ長期的なスパンで還元されることが期待されているからです。だから、社会の財産である芸術作品を、世界に遍く紹介するための機会を支えているのだと思います。あるいは、未来の住人にとっても財産となり得る芸術作品を生み出すにあたって、現在の住人だけに費用を負担させるのはバランスが悪いので、「公的」なお金が用いられるのでしょう。
だからこそ、KYOTO EXPERIMENTでは、観劇の価値をチケット料金という金銭の対価から切り離したいのです。観劇の価値は、それぞれの観客の内側に生み出されるものであってほしい。つまりそれは、芸術鑑賞を消費行為から訣別させたいということなのです。しかし自省を込めて言えば、それにはまだチケット代が高すぎます。

今回からはじめたふたつの取り組みは、まだ道半ばであり完全ではありません。観客の皆さんの理解と参加があって初めて実を結びます。そんな環境が成立すれば、どれだけ贅沢なことかと夢見ています。

アーティストにも社会状況にも触れることなくこの文章を終えることに多少気が引けていますが、5年目を迎えて、フェスティバルの初心に戻るための決意をお伝えすることをまずは優先させました。ともあれ、魅力溢れるアーティストたちによる、今年のフェスティバルを存分にお楽しみ下さい。

KYOTO EXPERIMENT プログラムディレクター 橋本裕介とスタッフ一同