Report

ルイス・ガレー『メンタルアクティヴィティ』
上演後トーク レポート

ルイス・ガレー『メンタルアクティビティ』 撮影:守屋友樹 ルイス・ガレー『メンタルアクティビティ』 撮影:守屋友樹

観客の視覚、聴覚、脳細胞を呼び覚ますダンス
ルイス・ガレー ポスト・パフォーマンス・トーク レポート

聞き手:橋本裕介(KYOTO EXPERIMENT プログラム・ディレクター)

── ちょうど2年前の2012年秋、私は、ブラジルのリオデジャネイロで行われていたパノラマフェスティバルというダンスフェスティバルでルイス・ガレーの『マネリエス』と出会いました。はじめてその作品を見た後にすぐに楽屋に彼を訪ね、絶対に京都に来て欲しいと依頼し、今回の『マネリエス』と新作『メンタルアクティヴィティ』上演に至りました。
初来日の公演ではありながら、2つの作品を続けて上演することで、振付家ルイス・ガレーのクリエイションをより深く観客の皆さんに知っていただける貴重な機会になったのではないかと思います。
『メンタルアクティヴィティ』のステージ上に散らばっているゴミやガラクタのようなものは、アルゼンチンから全部持ってきたわけではなく、先週来日して京都の様々な場所で収集してきたという事ですが。

ルイス・ガレー(以下、ガレー) 基本的に京都に来てから選んだものがほとんどですね。通常、毎回公演が終わるごとにこれらは捨ててしまうので、継続して使う小道具はほとんどないのですが、一部はスーツケースの中に入れてアルゼンチンから持ってきました。

── ガラクタを拾い集める際のコンセプトは?

ガレー なんでもいいというわけではなく、自分にとって興味深いものを集めます。何かの存在や痕跡を感じさせてくれる物、カーブが非常に綺麗であったり美しい色をしていたり。例えばこのゴーグルのように。なにか自分の感覚に触れるものがあり、集めています。

── 新作の『メンタルアクティヴィティ』は最初にコンセプトやタイトルがあったのか、あるいは、出演者のメンバーとワークショップのような形で進めたのでしょうか?

ガレー 3年程前、当時美術系アーティストの友達が多く、彼らと喋っているうちにオブジェ(=物)を使って何かを作ろうというアイデアが浮かびました。そこからダンサーたちと一緒に話し合い、コラボレーションしながら作品を作っていきました。
まずは収集した物をいろんな角度から研究し、対話を重ねて、長い時間をかけ物と向き合いました。あまりに長い時間だったので途中で嫌になり、別の作品を作り始めたりしたのですが…。4週間前に初演した、その別の作品では逆に全く物が登場しません。『メンタルアクティヴィティ』で物と向き合うプロセスがあったからこそ生まれた作品なので、そういう意味でも『メンタルアクティヴィティ』は非常に重要な意味を持っています。
『メンタルアクティヴィティ』は初演の時、2回公演をしたのですが、なかなか思うようにいかず、実はもう封印していた作品なんです。サンパウロに呼ばれることがあって、再度上演したのですが、それでも納得がいかず、もうだめだなあ、この作品をやめようかと思っていたところにKYOTO EXPERIMENTから声をかけていただきました。京都という場所で上演ができる機会を得て、もう1度『メンタルアクティヴィティ』に挑戦してみようと思い今日に至りました。
『メンタルアクティヴィティ』がこのように陽の目を見る事ができ、本当にKYOTO EXPERIMENTに感謝しています。

── ルイスさんが執筆した作品コンセプトやメッセージ、文章からは、抽象化された非常に高度な思想が見受けられました。実際のクリエイションの現場では、どのようにしてその思想を他のダンサーたちと共有しているのでしょうか?

ガレー 大抵は言葉でコミュニケーションをしています。リハーサルの時もよく喋りますし、まあ喋ってガーッとかウワーっていっぱいいっぱいになって、まあとりあえずやってみようかっていうこともありますが。
なぜこの作品をやるのか、どうしてこういうエネルギーなのか、どのレベルの緊張感を保っていかないといけないのか、根幹の部分からダンサーのみんなと話し合って進めています。
コミュニケーションの頻度や話の内容については、制作プロセスの段階によります。例えば、何度か場面が転換する瞬間があったと思います。いつ、どのタイミングでその瞬間を迎えるかということについても全部言葉を通してコミュニケーションしています。誰か一人のアーティストが『これをやって』と言ってそれに従うのではなく、自分の考える方向性や作品の性質をみんなで共有し、皆が同じ方向を向いて動きたいからそうしています。

── 『マネリエス』と『メンタルアクティヴィティ』両方からは、非常に強い緊張感を察する事ができました。
出演者に課した肉体的にハードな動きなど、作品中に見えるものだけでなく、微細に目を凝らしていないと動きが展開していかないようなその背後にある時間からも。ルイスさんはダンスの中で「時間」についてどのように考えていますか?

ガレー 基本的に私たちの時間感覚は、日常の生活の中で形作られていると思うのですが、その時間感覚を失うぐらいの次元に観客を引き込みたいと思っています。ただ、普段の時間感覚は人それぞれで違うと思うので、私のやろうとしていることがはたして今の京都で、また日本人の観客にとってうまく伝わったかどうか、ぜひ皆さんに聞いてみたいです。日頃私たちの体に潜んでいる時間性を、この作品を通していかに違う角度から見つめ直し感じることができるのか。
ダンサーの動きに張りつめた緊張感を感じていただいたと思いますが、いつもダンサーには、「私たちは観客に向けてアプローチするのではなく、観客の体にアプローチするんだ」と話しています。舞台上で起きていることを皆さんは視覚、聴覚、脳細胞、あらゆる体の器官を呼び覚まして、体全体で感じています。
さきほど、終演後に『疲れた~』とか『マラソンを走ったような』という声が聞こえたのですが、「見ていること」が皆さんの体に働きかけ、実際に疲れてしまう程の運動を喚起しているのだと思っています。
たとえば、あまりにスローなの動きの為、途中で飽きて出ていく人がいたとしても、その“出ていく”というアクションを喚起しているという意味で、これも同様です。観客の皆さんの動きを喚起するのは、やはり舞台上で起きている視覚情報を介してなので、そのビジュアル的なイメージをどういう風に伝えることができるのかを常に考えています。
物に対するイメージ、知覚のプロセス、見るという行為の本質。そういった事を常に探究し続けています。

── アルゼンチンの舞台の状況について少し教えてください。

ガレー まず、ダンス、演劇にかかわらず、またブエノスアイレスだけでなく南米全体が経済危機の中で厳しい状況です。ですので、舞台クリエイションに出る助成金はほとんどないのが現状です。だから何か作品を作ろうと思ったら自分でプロデュースしていかなければならず、非常に大変です。何年も手をかけた作品が結局上演まで漕ぎ着けることができなかったりして、努力が水の泡になることもあるのですが、そこからクリエイティブなアイデアが生まれたり、良い面もあるので、必ずしも悪いことだけではないのですが…。
みんなそれぞれかなり大変な思いをしていますね。私たちはこのようにKYOTO EXPERIMENTなどに呼んでいただいたり、作品をツアーしたりできているので、とてもラッキーな方だと思います。

── アルゼンチンでは演劇がパフォーミングアーツシーンの中心であるため、なかなかダンスを制作したり発表する機会ないという事を聞きました。

ガレー 私にしてみればこういった、物質と会話したり、チャレンジングな作品をつくることのほうがずっと楽しいし、美しいと思っています。いわゆるメインストリームがやっていることを面白いと思っていないので、逆になぜそっちの方が注目を受けるのか聞きたいですね。メインストリームでやっている人たちが作品を通して伝えようとしていることに対して、「いまさらなぜ?」という印象を受けるので。

2014年10月11日 京都芸術センター 講堂にて

ARCHIVE

  • ルイス・ガレー『マネリエス』 京都芸術センター フリースペース 撮影:井上嘉和

    ルイス・ガレー

    『マネリエス』

  • ルイス・ガレー『メンタルアクティヴィティ』 京都芸術センター 講堂 撮影:守屋友樹

    ルイス・ガレー

    『メンタルアクティヴィティ』