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危口統之 × 福永信 『わが父、ジャコメッティ』上演後トーク レポート

『わが父、ジャコメッティ』 撮影:堀川高志 『わが父、ジャコメッティ』 撮影:堀川高志

若い頃、熱烈に憧れた芸術家アルベルト・ジャコメッティと自分を混同している父と、その父に日本人学者の矢内原伊作だと誤認される息子による新作舞台作品『わが父、ジャコメッティ』は、危口本人と実際に画家である彼の実の父親が演じるというもの。
本作の上演後、小説家の福永信さんをお迎えし、演劇経験のない父親を舞台に上げるというチャレンジングな本作が形を得るまでをお聞きしました。

福永 会場に入った時にすでに始まっている感じで、不安でした。
「すでに舞台に出てきたりしてるこの人が危口さんだと思うんだけど、この人で大丈夫なのかなぁ?」とも思いましたね。とにかく、せっかくの始まりが、確固とした始まりではないようで、出てくる人も、どうもあやふやな感じで、非常にドキドキしました。

危口 そうですね。あんまりかっこいいシーンでスタートすると、「これは期待できるぞ!」とお客さんに思われてしまうし、そのかっこよさが60分間持続するように作れたとしても、それを自分が舞台上で演じる集中力が続かないので、なるべくあんまり期待しないで欲しいという感じでダラダラ始めてます。

福永 そこに持続のおもしろさがあるということでしょうか。

危口 消去法的なのですが、「どうしようどうしよう」って常に相談してれば、お客さんを陶酔させるのは無理でも、とりあえず1時間くらいだったら構っていただけるかなって。

福永 どこに連れてってもらえるのか分からないが、背中が見えなくならない程度に距離を取りながらもゆっくり、観客みんなでおそるおそる危口さんについていった、という感じですね。舞台にはちょうど時計があって、1時間で作品は終わります。針が一度まわって終わるわけです。とてもダラダラしていたとは思えないぐらいパーフェクトにきっちりと終わったので、とてもおどろきました。

危口 僕自身はたいがいダラダラしてしまうんですけれど、優秀なスタッフの皆様がガコンガコンと型にはめていってくれました。
初演は横浜のKAAT神奈川芸術劇場だったんですが、あそこは大きな建物の中に3つのスペースがあって、ちょうどその時期にそれぞれのスペースで公演(地点、青年団、悪魔のしるし)することになっていたので、他の公演とハシゴ(観劇)を組めるよう悪魔のしるしは70分以内にしよう、と、劇場の方からの提案があって、上演時間が決まりました。ダラダラせずに今回はそのように周りから決めていただけて良かったです。

福永 感情を無理に高揚させて、それこそ観客席にいる僕らが「観客」という演技をさせられてしまうような作品ではなく、ちょっと深夜にテレビつけて、見る気もなかったしやらなきゃいけないこともあるし眠いような気もするけど、しかも途中からなんだけどつい見ちゃったような1時間ですね。とても父と息子がそのまま出ているとは思えないほど、全体的に定まったものがない、フシギな時間でした。日常でもない、非日常でもない、わけのわからない場所を作り出すなんてことは、普通はとてもむずかしいことですね。

危口 作品を創る実働は数週間なんですけど、準備だけは1年以上前からやっていました。最初の頃は志が清らかで、親子で感動的に、最後は泣かせてみたいな、そういうことをもしかしたら僕もできるかもしれないって思っていたんですが。例えば、助成金の申請書とかでも、力を入れて「これはいい企画なんだ」という文章を書いたりしていました。ただ、実際にリサーチや実家での滞在制作を始めると、これはうまくいかない理由を数えたほうが早いという事がわかってきて。目方が大分違うなと思って(笑)。

福永 お世辞にも、「素晴らしかったよ、危口氏~!」と言って抱きついて賞賛するような、そんな作品ではなかったですよね(笑)。でも、それでいいんだと思いますし、危口さんもそれは肯定されているように思うんですが、どうでしょうか。つまり、最初に危口さんが構想していたプランが、実現しない現実のほうが、心の動きとして、リアルなんだ、本当なんだっていう事じゃないですか?

危口 はい。良く分からなくなってきて。元からと言えば元からなんですけれど、僕はこれまでは、台本の内容と、作品と何の関係も無い本当の雑談とを、かなりシームレスにやったりしていまして、経験をある程度積んだ俳優さんだったらそういうやり方なんだと思って遊んでくれるんですが、父にもそれを適用してみたら、当たり前ですが彼はかなり混乱して、つられて僕自身も無重力になっていってしまって。その不安からの恐怖が。

福永 混沌としてきたということですか?

危口 普通の演劇の稽古は最初に台本があり、俳優さんが覚えてきて、演出家が「はい」と合図を入れると、そこから先は稽古となり覚えたセリフを言ったりします。即興だとしても台本の設定に乗って演じて、演出家がもう一度「はい」と言うまでは続けるんですけど、僕はあまりそうやって叩いたり(合図を)しないし、ダラダラしゃべっていて「あ、これ乗れるかな」と思ったらだんだん元々の設定に重ねて乗ったりするんです。
何が起こっていたのか、まだよくわかっていないんです。

福永 稽古場の中で起きていたことが、わからないということですか?

危口 稽古場の中でというか、「居間」ですね(笑)。父のアトリエとか居間の中でダラダラしていたという。

福永 その延長のような「わからなさ」が、ここにもあるということですね。

危口 はい。だから材料だけ膨大に集めすぎて、最後の方は作品の形にするための枝打ち作業ばかりでした。

福永 構成も最初に考えていたものから段々変形してきたんですか?

危口 かなりそうですね。最初はせっかくゲットしたり仕上げたりしたものだから全部入れようと並べてみたけれど、あまりにも情報が多すぎて面白くなかったので、カットを繰り返しました。構成も間にあるものを抜いていった結果こうなっていってしまいました。

福永 ここに登場しているお父さんという存在は僕らにとってはお父さんではないので、絵描きさんがたまたま俳優として舞台に出ているという風に見るんですけれども、段々「お父さん」として見るようになってくる。
それはとても楽しい感情で、笑える事であったり、お父さんがちょっと変な事すると「またやってる」って思ったり、いつの間にか、子供の視点、家族のような目線になっていったような気がします。
別に派手に切り替わる切り替わり方ではないんですけれども、ちょっとだけ目線を変えたらそこに何かが映ったり、視野に入ったとか、そういった程度の違いなんですけれども、そういった目線にしてくれる芝居だったなと思います。

危口 これは芝居なのかな…。よくわかんないんですよね、呼び名が。

福永 まぁ、わけがわからないものであったわけですね、そもそも。そういえば、Twitterで検索すると東京での公演の感想とか出てきて大絶賛だったというのがわかります。

危口 おかしな話ですよね。

福永 絶賛されているのはわかるんですけど、でもよく読んでいくと、誰も傑作とは言ってなくて「問題作」と書いている。

危口 色々言われますね。「怪作」とか。「やったことに意義がある」とか。(会場内爆笑)

福永 みんな何か、どんな感想を持てばいいのやら、という感じに躊躇しているところがあるんですね。

危口 いやーその通りですね。

福永 それが僕の好きなところなんですよね。これが演劇なのかどうなのか、フィクションなのかドキュメンタリーなのかっていう、実際のお父さんが舞台にいることで「演劇自体の枠組」にみんなの視線が流れてしまうと、それ自体が演劇のお約束みたいになっちゃいますから、危口さんにとっては不本意なんじゃないですか?

危口 僕としてはちゃんとした演劇をやって名作と言われたい気持ちはあって、それは普段からよく言ってるですけど、名作とか傑作の製造方法をちゃんと勉強していないので、いつまで経っても漠然とした憧れに過ぎず、もうちょっと勉強しようかなと思う今日このごろです。

福永 いや、危口さん、絶対作らないでしょうね(笑)。

危口 内容でもちょっと触れているんですけど、父の場合は割とまじめにデッサンとかをやっていて普通の絵もわりかしうまいんですけれども、僕自身は演劇に対する知識や技量っていうのがかなり怪しくて、演劇の傑作はちょっと無理ですね。もっと手に職をつけたいなって。

福永 冒頭でしゃべったときはやばいくらい棒読みでしたよね。

危口 無理して頑張っても普段から発声練習していないので。

福永 でも歌の時にはすごくお母さんの方を見ていらした。

危口 発表会的な(笑)。そこまでハードルを下げることに45分間頑張ったんです。だからちょっとジャンプしただけで、拍手をもらえるという。

福永 本当にそんな感じはありますね。つまり、客席で僕らは、危口さんのお父さんを本当のお父さんのように感じ、自分が危口さんのお父さんの息子だという気持ちになっていると同時に、危口さんのお母さんのような気持ちになっているわけなんですね。
もしかしたら、舞台よりも観客席で起こっていることのほうが大きいのかもしれないですね。。

危口 今日は特に父の知り合いや親族がバスを貸し切って来ているんで。倉敷から20数名程。

福永 いやーそのにおいはすごい感じています。しかし、今、登場人物が一挙に増えましたねえ(笑)。

福永信 Shin Fukunaga
1972年生まれ。小説家。著書に『星座から見た地球』、『一一一一一』など。REALKYOTOでブログを連載中。

2014年10月19日 京都芸術センター 講堂にて

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  • 悪魔のしるし『わが父、ジャコメッティ』 京都芸術センター 講堂 撮影:堀川高志

    悪魔のしるし

    『わが父、ジャコメッティ』