Essay

リレーコラム2018 #02
エグリントンみか(アジア女性舞台芸術会議実行委員会)/女×アジア×舞台芸術

グエン・チン・ティ『93 years, 1383 days』 下町芸術祭における展示風景 グエン・チン・ティ『93 years, 1383 days』 下町芸術祭における展示風景

「女性」をめぐるリレーコラムの第二回は演劇研究家のエグリントンみかさん。アジア諸国のアーティスト、プロデューサー、翻訳家、研究者、映画監督などのさまざまなメンバーが集うコレクティブであるアジア女性舞台芸術会議実行委員会のメンバーとしても活動しています。

リレーコラムについて:
KYOTO EXPERIMENT 2018では女性アーティストおよび女性性をアイデンティティとするアーティスト/カンパニーにフォーカスを当てプログラムを構成。「女性」という言葉を前面に出すとき、私たちは日常の会話や慣習から感じるふとした違和感から、社会の制度、歴史的にみたジェンダーの問題まで、現代社会の一側面を切り取る様々な視点に気づきます。このリレーコラムでは、分野の異なる専門家によるコラムを紹介しながら、フェミニズムの問題を女性だけの問題にせず、社会全体の問題とし、観客のみなさんと一緒にプログラムのテーマへの理解を深めるとともに、学んでいきたいと考えています。(リレーコラムは2週間に1回更新予定です。)

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女×アジア×舞台芸術

「女」とは誰か? 「アジア」とは何か? どこに位置するのか? 誰がその位置を決めるのか?
ポストコロニアル理論のこうとなったエドワード・サイードの『オリエンタリズム』(1978年)は、男性主体を体現する西洋の視線によって、非西洋が従属的な他者、女として表象されてきた心象地理を描き出した。小説や絵画という芸術作品に見る「東洋趣味」に、人種差別と帝国主義をもたらす性的かつ政治的な病が潜むことを暴いた初版から40年が経ち、グローバリゼーションが一層加速化する反面、各地でナショナリズムが高揚し、英国離脱によってヨーロッパ共同体が揺らいでいる2018年現在、西洋/東洋、オクシデント/オリエント、男性/女性、主体/従属体という西高東低の二項対立は、未だ成り立つのか? そうであれば、アジアに生きる女たちは、二重に他者化・女性化されているのか? 地理的にも歴史的にも流動的で、言葉の起源も特定することが不可能な、ベネディクト・アンダーソンのう「想像の共同体」であるアジアにおける「女なるもの」の現象を、社会を映し出す鏡である舞台芸術は、如何に映し出すのか?

これらの問いは、アジア・女・演劇という三つの「マイノリティ」が出会う「広場」を1990年代に形成した故如月小春や故岸田理生らが率いたアジア女性演劇会議と、そこからインスピレーションを得て、2012年に羊屋白玉と矢内原美邦の呼びかけで始まったアジア女性舞台芸術会議(亜女会)にも通底するものである。劇作家、演出家、翻訳家、研究者、映画監督、プロデューサーなど舞台芸術に関わるメンバーがアジア諸国の女性と連携しつつ、現地調査を通してネットワークを形成し、アジアと女性と舞台芸術をキーとしたプラットフォームの形成を目指すコレクティブである亜女会は、一方で「フェミニズム」一つにしても意見が食い違う個人の集合体である。故に、ここに記す文章は、亜女会を代表するものではなく、あくまで一メンバーであり、フェミニストを自認する私の見解に過ぎないのだが、例えば公演レビューやその集積としての演劇史を概観するだけでも、未だ欧米男性がマジョリティを占め、それに比してアジアに生きる女性にまつわる言説が圧倒的に少ないことが容易に確認できる。昨今の #MeToo によって変化の兆しがあるものの、家父長制が内面化、自然化されてきた閉鎖的な演劇界においては、セクシュアル・ハラスメントを公的に糾弾する以前に、その根底にある男尊女卑のイデオロギーを認識し、共有する回路すら見失われがちであったのだから。


画像:『悲劇のヒロイン』下町芸術祭・ふたば学舎講堂

未だ西洋男性中心主義が根強い社会において取りこぼされがちな女たちの声を記録し、その姿を可視化し、彼女たちを取り巻く社会の問題点を議論しながら、舞台芸術を活性化する目的に沿って、亜女会は多種多様な民族・社会・言語・文化・歴史をもつアジア諸国と、越後妻有や神戸市新長田といった日本の中のアジアを旅してきた。2017年11月には、多民族が共生する港町新長田で行われた下町芸術祭において、難民・移民として来日したベトナム人の悲喜交々を矢内原が抽出し、国民的女優レ・カインと亜女会の安藤朋子が演じる二人の女の異言語対話劇『悲劇のヒロイン』として舞台化した。並行して、ハノイ・ドクラボを率いる映像作家グエン・チン・ティの『93 years, 1383 days』を私がキュレーションし、1912年に生まれ、ベトナムの苦難の世紀を生き抜いてきた作家の祖母の遺骨を夜中に親戚一同が掘り起こし、洗い清めてから家族代々の墓に収めるbốc mộ(バクモウ)と呼ばれる洗骨葬を、震災を生き延びた古民家の暗がりに浮かび上がらせた。

明治に生まれ、大正、昭和と日本の激動期に女性の地位向上運動に尽力した劇作家・小説家の長谷川時雨とその同時代人に関する勉強会から派生した女性のパイオニア・アーティストを(再)発見する「クロニクル・プロジェクト」が、2017年6月の国際ミーティング「亜女会交流会」を経て、2018年2月のTPAMから本格的に始動した。「女とは誰か? アジアとは何か?」を繰り返し自問しながら、「最初の女性舞台芸術家は、あなたにとって誰ですか? 彼女は、いつ、どこで生まれ、何をし、なぜ重要なのですか?」という問いを参加者に投げかけ、その答えから地図年表を作成し、男性中心の歴史から忘却され、隠蔽され、曲解されがちな女性の開拓者を(再)評価する過程において、オリエンタリズムとは異なる思考様式と心象地理が生み出されることを望みながら。


画像:アジア女性舞台芸術会議実行委員会(亜女会)「クロニクル・プロジェクト」展示風景

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観客にお勧めしたい書籍
川端康雄ほか編『愛と戦いのイギリス文化史 1951―2010年』(慶応義塾大学出版会、2011)
第10章 「トップ・ガールズ」のフェミニズム――キャリル・チャーチルの仕事をめぐって(エグリントンみか)

尾形明子著『女人芸術の世界 長谷川時雨とその周辺』(ドメス出版、1980)

竹村和子著『フェミニズム(思考のフロンティア)』(岩波書店、2000)

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エグリントンみか
演劇研究者、批評家、翻訳家、ドラマターグ。専門はシェイクスピアを焦点とする初期近代と現代の二大英国ルネッサンス演劇、「ヨーロッパ」と「アジア」の比較演劇。神戸市外国語大学英米学科教授として教鞭をとる傍ら、舞台芸術、映画、現代美術に至る広義の視聴覚芸術を中心に、The Japan Timesなど日本語と英語でのメディアで批評・翻訳活動を展開している。