Essay

[ネリシウェ・ザバ 寄稿文]久野秀二「種子をめぐる世界の動き」

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 作物の種子は「農業の生命線」であり、「食の根幹」であり、したがって「すべての生命の源」である。だからこそ「種子を制するものは世界を制する」と言われ、さらに生命科学・遺伝子工学が急速に発展した1980年代頃からは「遺伝子を制するものは世界を制する」と言われてきたのである。
 種子のすべてが商品としてフォーマル市場で取引されているわけではないが、種子市場の寡占化に懸念が強まっている。その中心は遺伝子組換え(GM)作物の商品開発に成功した巨大農薬企業であり、世界各地の種子企業や技術開発企業を次々と買収して主要作物の遺伝資源や育種技術の囲い込みを強めている。2000年代以降、モンサント、シンジェンタ、バイエル、ダウ・ケミカル、デュポン、BASFの「ビッグ6」が牽引する状況が続いていたが、2016~18年にダウとデュポン、バイエルとモンサント、中国化工集団とシンジェンタとのM&Aが一気に進み、これら3大企業にBASF(バイエルの種子事業を一部買収)を加えた4社で世界農薬市場の8割、世界種子市場の6割を超える状況となった。これら企業(バイオメジャー)のPR戦略によって、当初は多くの夢物語が流布していたGM作物も、結果的に種子価格の高騰と農薬散布量の増大をもたらしているし、そもそも食料不安に直面する人々の胃袋と栄養を満たすためには開発されていない。
 バイオメジャーは既存の種子企業を買収し、既存の種子市場で寡占化を強めるだけでなく、多様な育種素材を提供し、あるいは良質な種子を安価に供給してきた公的種子事業の形骸化・民営化を後押ししてきた。さらに、長い歴史のなかで世界各地の多様な生態系に応じた多様な在来品種とそれにもとづく多様な食文化をつくり上げてきた農民的営為としての自家採種や種子交換(インフォーマル市場)を制限・違法化し、フォーマル市場を強引に創出しようとする動きが強まっているが、その背後でも彼らの影響力が見え隠れする。
 こうした遺伝資源とそれにまつわる知識の囲い込みは種子ビジネスに活況をもたらし、短期的な企業利益に結びつくかもしれないが、中長期的には持続可能な農業や食料安全保障の実現に逆行することが懸念される。最先端のゲノム編集技術やビッグデータ・AI技術を駆使しようとも、複雑で動態的な農業生態系を制御することはできない。種子・遺伝資源をDNA(遺伝情報)に還元しても、生態系での発現を制御できるわけではない。そうした還元主義的な農業開発モデルの限界はすでに明らかとなっている。むしろ、農業生態系の複雑なバランスを活用しながら持続可能性を確保し、気候変動へのレジリエンスを高める方策を考えた方が効果的である。
 幸い、そうした知恵・ノウハウは伝統的な知識と地域固有の文化として受け継がれてきた。ローカルな知を農業生態系に関する新しい科学的知見と組み合わせた多様な実践、すなわちアグロエコロジーの考えに基づいて農業を立て直すことが不可欠である。多様な農業の実践は多様な種子の確保を必要とする。多様な種子は多様な農民的営為によって確保される。そうした営為をサポートする公共政策としての公的種子事業の再生・強化が求められている。そして、そうした政策を実現するためには、多様な経済と多様な社会を認めあう政治の実現が欠かせない。
 いま、世界各地で種子を農民と市民の手に取り戻そうとする世論と運動が広がりつつある。食料主権を掲げるグローバルかつローカルな社会運動が種子をめぐる問題を重視するのは必然である。生命の源である種子のあり方は社会のあり方を反映する。逆に、種子を見つめなおすことが、社会のあり方を考えるきっかけとなるのである。そのための「気づき」と「想像力・創造力」を与えるものとして、芸術が果たす役割もまた大きい。


久野秀二(ひさの・しゅうじ)
1968年生まれ。京都大学大学院経済学研究科教授(国際農業分析担当)。博士(農学、北海道大学)。95年京都大学大学院経済学研究科博士課程を中退後、北海道大学大学院農学研究科助手、オランダ・ワーヘニンゲン大学客員研究員、京都大学大学院経済学研究科准教授を経て、2010年12月より現職。

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    ネリシウェ・ザバ

    『『Bang Bang Wo』『Plasticization』』