Essay

『Hearing』作品の着想と「A・キアロスタミについて」

©︎Amir Hossein Shojaei ©︎Amir Hossein Shojaei

アミール・レザ・コヘスタニ/メヘル・シアター・グループ『Hearing』の着想

以前に、キアロスタミの映画『ホームワーク』をみていた時、みるのは2・3回目だったのですが、監督の質問に対する子供の反応に違和感を感じました。「励まされる(encouraged)とはどういうことですか?」や「宿題はしましたか?」という簡単な質問に、何と答えていいかわからない様子で、口を開けたまま天井やカメラを見つめていたのです。私は精神衛生の専門家ではないですが、今日、子供が撮影隊と部屋に残されることに恐怖を感じ、泣き出したり、部屋を出たがったり、または、ドアを開けっ放しにしておくように懇願したとしたら、その子を精神科医かセラピストに連れていくでしょう。でも、イラン・イラク戦争の真っ只中だった当時、人々はサダム・フセイン率いる軍からのひっきりなしの爆撃から生きて逃れることに必死だった。子供たちの精神的な安定や心の影響に思いをはせる人は、キアロスタミぐらいしかいなかったのだと思います。後からわかったことですが、映画に出てくる子供の中には、キアロスタミの息子バーマンもいました。初めてキアロスタミに会った時、私が1978年生まれであることを告げると、自分の息子と同い年だと教えてくれたのです。ということは、彼らは私であり、私が彼らでもおかしくなかった。実際、私も彼らと似たような混乱の幼少期を過ごしたのではなかったか。偉そうに、イランや世界情勢を高みから語っている場合ではないと思いました。サマネーがそわそわとハンカチを触る様子から、大人になった彼女の中に、恐怖に怯える少女を表現しようとしたのは、『ホームワーク』から着想をえています。

アミール・レザ・コヘスタニ


A・キアロスタミと「子どもの映画」

 アッバス・キアロスタミ監督が亡くなって早3年。彼が初来日した1992年秋にインタビューしたこと、その後も来日時に何度か会ったことを懐かしく思い出す。そのキアロスタミ監督がわが国で知られるようになったのは、『友だちのうちはどこ?』(1987年)と『そして人生はつづく』(1992年)の公開である。彼の遺作『ライク・サムワン・イン・ラブ』(2012年)は日本で撮影されており、わが国との縁も深かった。
 キアロスタミ監督のデビュー作は、『パンと裏通り』(1970年)。お遣いに行った少年が大きな犬に帰り道を阻まれる短編である。1970~1980年代における彼の映画に「子どもの映画」が多く見られるのは、製作が「児童青少年知育協会」によるためだ。もっとも「子どもの映画」の製作は、79年のイスラム革命以降のイラン映画界にあって検閲を逃れる大きな要素にもなった。いずれにせよ『友だちのうちはどこ?』以降、キアロスタミ監督は世界的に認められ、イラン映画を代表する映画監督になった。
 『ホームワーク』(1989年)は、その『友だちのうちはどこ?』の後に撮られた作品である。テヘランの街中で登校する小学生にカメラを向けて、監督が「宿題はやってきた?」と聞いて回る。続いて小学校の朝礼風景が描かれるが、子どもたちは先生に続いて「アラーは偉大なり」と復唱する。当時は80年から始まったイラン・イラク戦争の終結時であり、イラクのフセインを非難する復唱もある。
 次に教室で子どもたち一人ひとりに監督がインタビューするシーンとなる。子どもたちへの質問から、宿題が多すぎること、宿題がわからない文盲の親が多いこと、家の手伝いがあることなど、さまざまな問題が浮上してくる。「お仕置き」は知っていても「ご褒美」という言葉の意味を知らない子どもたちもいる。
 イランでは小学校から高校まで男女別学であり、このインタビューを受ける子どもたちはすべて男の子である。また途中で、保護者を名のる中年の男性が登場し、外国と比べながらイランの教育は子どもの創造力を削いでいるなど、イランの教育システムの変化とその弊害について語るシーンがあるが、イスラム革命後10年の複雑な社会事情が透けて見える。そして再び朝礼のシーンに戻って映画は終わる。
 冒頭の街頭シーンの中で監督は、これがドラマになるかドキュメンタリーになるかわからないと語っている。『ホームワーク』は一見すると学校教育の現状をリサーチするドキュメンタリーである。実際、監督本人が画面に登場し、またカメラを映し出す画面もある。ただしキアロスタミ監督は一筋縄でいかない映画作家である。『ホームワーク』に続く『クローズ・アップ』(1990年)では、映画監督のモフセン・マフマルバフを詐称して逮捕された青年に同じ行為を再現してもらっている。『ホームワーク』も演出が施されているとみるべきだろう。たとえば、中年の保護者の唐突な登場は仕組まれたものではないかと思われるからだ。
 キアロスタミ監督にとって、映画は映画である。彼の映画の面白さは、フィクションとノンフィクションの境界、いわば虚実の隙間からイラン社会の現実を覗き見ることにあるといえる。


村山匡一郎(むらやま・きょういちろう)
映像研究者。主な訳書・共著に、ジョルジュ・サドゥール著『世界映画全史』(国書刊行会・全12巻)『日本映画とモダニズム』(リブロポート)『映画理論集成』(フィルムアート社)など。

ARCHIVE

  • アミール・レザ・コヘスタニ/メヘル・シアター・グループ『Hearing』(2019) 京都府立府民ホール “アルティ” 撮影:前谷開

    アミール・レザ・コヘスタニ/メヘル・シアター・グループ

    『Hearing』