Essay

[グループ展「ケソン工業団地」寄稿文]喜多恵美子「開城(ケソン)工業団地」という名の展覧会

©︎イ・ブロク『Robo Cafe』 ©︎イ・ブロク『Robo Cafe』

 平昌冬季オリンピックの南北合同チーム出場にはじまり、南北首脳会談と朝米首脳会談が立て続けに実現して、統一への機運と期待が高まった2018年。韓国では、旧ソウル駅舎を利用した文化複合スペース「文化駅ソウル284」で「開城工団(개성공단)」と銘打った現代美術の展覧会が開催され、話題を集めた。
 00年の南北共同宣言を契機として計画実施された経済協力事業のひとつである開城工業団地(以下、開城工団)は、南北朝鮮の分断の痛みと統一への希望を象徴する場所である。朝鮮民主主義人民共和国(以下、DPRK)に位置する都市開城(ケソン)は軍事境界線を目の前にひかえ、長年軍事的緊張にさらされた場所であった。
 開城工団建設にあたってDPRK側はこの地の軍隊を撤収し、工団に入居した韓国の中小企業の従業員は車で「出勤」して、DPRKの労働者と同じ空間で過ごすことになった。体制の異なる南北の市民は互いの体制に抵触しないよう、協働のためのルールを一つひとつ手探りで作っていった。言語においても、もはや互いの使用単語が異なるため、すり合わせが必要となった。十数年にわたる工団の稼働は、単に製品の生産にとどまらず、新たな共同体と新たな文化を創造していく過程でもあったのだ。
 工団の外部からは見えづらい、労働現場における相互の信頼構築によって徐々に獲得されていった穏やかな日常。そこで彼らは何を見て、何を経験し、何を欲望したのか。この展示は工団で働く「人」に注目し、工団の「日常」に接近していく。
 総合企画者である朴桂利(パク・ケリ)はアーティスト達とチームを組んで、実際に工団で働いていた人たちへのインタビューを含んだ丹念な調査と展示計画を2年にわたって実施した。その結果として、個々の事象については各アーティストが作品として結実させ、開城工団全体の情報についてはアーカイブとして集積し、公開した。企画者と参加アーティストにとっては、この展示自体が開城工団とそこで働く南北同胞にたいする「学び」そのものであり、観覧者はその果実をインタラクティブに共有したのであった。
 開城工団自体は16年、朴槿恵政権がこれといった理由もないまま突然閉鎖しており、19年7月現在、再稼働に至っていない。そうした困難な状況下にあってもこのような展示が黙々と準備されたことは意味深長である。
 今回京都で展示されるのは、そのなかのごく一部の作品であり、企画者の本来の意図がどれほど伝わるのか気になるところである。分断の原因が日本の植民地支配にあるということや分断体制の維持に日本の利害が複雑に絡み合ってきたこと、そしてその文脈において分断の苦悩を体現する在日朝鮮人が集住している京都という場所性を考えたとき、この展示を、「日本人」が「北朝鮮」という「新奇な」ものを第三者的に消費するという構図で終わらせないような視点が重要となってくる。当事者性をもつ在日朝鮮人を飛び越えて、日本人が朝鮮半島に関する事象に対して一方的になんらかのジャッジをするという構図自体、警戒しなくてはならない。この展示は、一種のリトマス試験紙であり、観覧者のアプローチによって完成されるのである。


喜多恵美子(きだ・えみこ)
大谷大学教授。専門は、韓国・朝鮮近代美術史、韓国・朝鮮文化史、植民地研究。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得退学。大韓民国弘益大学大学院美術史学科博士課程修了。人間・環境学修士。主要論文に「朝鮮美術展覧会と朝鮮における「美術」受容」「아방가르드와 한일프롤레타리아 예술운동(アバンギャルドと日韓プロレタリア芸術運動)」など。

ARCHIVE

  • グループ展「ケソン工業団地」(2019) 京都芸術センター 撮影:来田猛

    グループ展「ケソン工業団地」
    [ イ・ブロク、イム・フンスン、ユ・ス]

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