Interview

ロベルタ・リマと招德酒造・杜氏、大塚真帆氏の対談[前編]

“Sake-Making - Washing in the brewery”. Video stills. 2017 © Roberta Lima “Sake-Making - Washing in the brewery”. Video stills. 2017 © Roberta Lima

ロベルタ・リマ:大塚さんがなぜ杜氏になったのか、どうして日本酒に興味を持ったのか、そしてどのような過程で杜氏になったのか話してもらえますか?

大塚真帆:最初の出会いは、大学時代にいろんなお酒を飲む機会があるなかで、日本酒の味に惹かれて、お酒が好きになりました。大学を卒業した後あとにどういう仕事をしようかと悩んでいたんですけども、研究者とかになるよりも、何かものを作る仕事の方が向いているんじゃないかと思って。ものを作る仕事というのと、日本酒が好きというので、これは酒造りしかない、とそのときにビビっときて。それから色んな酒蔵に行き、自分を雇ってくれるところを探しました。その当時に女性で酒造りをしている人はほとんどいなかったので、なかなか雇ってくれるところは見つからなかったんですけど。

リマ:それはいつ頃のことですか?

大塚:2000年なので18年くらい前ですね。大学を卒業する間際になって、たまたまここの会社で分析作業をしていた女性が、出産のために辞めるところで、一人欠員があって。お酒の分析というのは、アルコール分析などのテストをしたり、いろいろなお酒の比重や成分を調べたりします。その仕事をしていた人が辞めるので、代わりにここで一人雇えるということで。

リマ:杜氏のような男性社会の中でどのようにして信頼を得て、杜氏になったのですか?また、杜氏に興味を持った理由はなんですか?

大塚:杜氏というのはお酒造りをしている蔵人をまとめるリーダーというか、その指揮者みたいな立場の人なので、私が会社に入ったときは、杜氏になりたいとは全然思っていなくて。とりあえず一人の蔵人として、お酒造りに関われたらいいというその一心で入ったんですね。女性で杜氏になれる人はほとんどいなかった時代だったので。
お酒造りは秋から、冬の間にします。最初の年に分析の人の代わりとして会社に入って、秋までの間にいろいろ教わった仕事というのは、女性がしていた仕事で、事務処理的な仕事、レシートを記帳したり、瓶詰めの仕事とか、そういう仕事を毎日教わっていました。この仕事と平行して、お酒造りが本当にできるんだろうかとすごく不安に思っていました。会社に入ったのが春で、秋まではずっと。秋に酒造りがスタートしてからも、最初の1年は蔵の中でお酒造りをできる時間は少なくて、1日の間に2、 3時間くらいです。酒造りと平行して分析の作業をしないといけないし、事務の仕事もどんどん溜まっていくので、1日の中で蔵の中に入ってできる仕事や時間は短かったです。1年目はそれが辛かったですね。

リマ:2、3時間の間しか酒造りが見られない?

大塚:自分が思い描いていたような酒造りではないなと思い、他の酒蔵を探したほうがいいのかなと考えた時期もあったんですけども、そこで考え方を変えて、自分ができることをやってみようと思いました。
その時は昔ながらの、農村から来ている「シーズナルワーカー」という人たちが、会社に泊まり込んで、早朝から作業を始めていました。私の勤務時間は8時15分から17時までなので、勤務時間以外の自分の自由時間で、早起きして作業を見学させてもらい、いろいろノートに書き留めていました。そういうことを最初のシーズンの途中から始めたんですね。
1年目のシーズンはそんな感じでずっとやっていました。2年目になって、1年目に早朝の作業をしていた杜氏さんが、高齢のために引退されるということになりました。杜氏さんがしていた作業を会社の誰も把握していなかったのですが、私が記録をしていたので、代わりにあなたがやりなさいということになって。2年目からだんだん蔵の中で自分が受け持つ作業が増えていきました。そんな感じで事務処理などは他の方が代わってくれるようになって、蔵の作業を中心にできるようになっていきました。4年目くらいで次の杜氏さんも引退されるということになり、

リマ:次の杜氏の方は男の人ですか?

大塚:男の人ですね。次の杜氏さんも、杜氏さんの下で指示をする頭(かしら)という役割をされていた人で。ずっと蔵人、頭をしていた人が杜氏になっていました。私が入って5年目にその二人目の杜氏さんもリタイアされることになり、昔ながらのスタイルのシーズナルワーカーとして来る方が完全にいなくなって、会社の社員がお酒造りをするという新しいスタイルに切り替わりました。
カンパニーワーカーがお酒造りをするスタイルに代わり、6年目に私が以前から興味を持っていた生酛(きもと)造りという伝統的な造り方に挑戦したくて、社長に提案をしたんですね。社長の方も、面白いからやってみようかと言っていただいて。
生酛造りというのはこの会社では誰もやったことがない、誰も知らない造り方でした。なので、お酒造りのシーズンが始まる前に夏の間に生酛造りを知っている、他の蔵の杜氏さんに話を聞いたり、生酛造りに関して詳しく書いてある古い本を読んで勉強したりして、冬から始めるのに備えました。
冬になって実際に酒造りがスタートしたときに、自分が勉強したことを元に、やり方を決めていき、自然とみんなに役割を指示するようになっていきました。杜氏って普通は社長が決めて杜氏をしてくださいと任命するんですけど、私の場合はすごくレアなケースだと思うんです。自然にというか、いつの間にか杜氏になっていました。

“Sake-Making – Steam in the brewery”. Video stills. 2017 © Roberta Lima

 
リマ: すごく興味深い話です。私が初めて日本に来たのは2015年の夏で、プログラムディレクターの橋本裕介さんと会いました。橋本さんが私に日本酒を勧めてくれて、その時に初めて日本酒を飲んだんですけど、感動しました。その後、KYOTO EXPERIMENT 2018に声をかけていただき、新作の制作についてどうしようかと考えていた時、日本酒を飲んだことが印象が残っていたから、直感でそこから始めようと思いました。
日本酒についてリサーチを始め、酒造りについてのドキュメンタリー映像などを見はじめました。まず興味を持ったのは霧、蒸気といった視覚的なものでした。これらの要素は身体の変化のようにも思え、パフォーマンスにできると考えていました。
それから日本酒の歴史について調べ始め、「杜氏」に関心を持ちました。昔は女性や地方からの出稼ぎ労働者が酒造りをしていたり、最近は女性の杜氏が増えていることなどを知りました。

日本酒についてリサーチをして、杜氏にも興味があったけど、本当にこのテーマで作品を作るのが正しいのか不安でした。でも日本でのリサーチの時に塚原悠也(contact Gonzo)さんが招德酒造を見つけてくれて、アポなしで行って大塚さんの話を聞いたり、1週間酒造りをした後は確信を持てました。
(後編につづく)


招德酒造
創業1645年の京都伏見の酒蔵。洛中にて酒造業を営んでいた木村家が大正中期に名水の里・伏見の現在地に移転。招德酒造は、かねてより「純米酒こそは清酒本来の姿」と考え、守るべきものは守る、変えるべき所はかえる、という方針のもと純米酒にこだわった酒造りを続けている。

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  • Photo by Yuki Moriya

    ロベルタ・リマ

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