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批評家・イン・レジデンス パネルトーク② レポート

2025.3.4

Photo by Haruka Oka

2024年10月20日に開催された「(複数の)分断の時代(右傾化、ポリティカルコレクトネス、舞台をめぐる労働環境)」と題する「批評家・イン・レジデンス@KYOTO EXPERIMENT 2024」 2回目のパネルトークでは、ルカ・ドメニコ・アルトゥーゾ(イタリア)、タマシュ・ヤーサイ(ハンガリー)、イリンカ=タマラ・トドルツ(ルーマニア)、伊藤寧美(日本)、モデレーターとして池田剛介が登壇し、各国での検閲や政治的な表現のありようについて語られた。

イタリアのルカ・ドメニコ・アルトゥーゾは、2022年に右派政党「イタリアの同胞」が政権を握って以来、劇場をはじめとする文化機関にどのような影響が及んでいるかについて発表した。「イタリアの同胞」は、権力の長期維持をめざし、文化機関や世論をコントロールするために強気の戦略を採用しているという。その事例が、イタリアの演劇界の主要な公的文化機関である、ローマ歌劇場とミラノ・ピッコロ座での不透明かつ政治的な人選である。このことは、有能な専門家よりも政治家が優遇され、政治的利害が芸術的決定を左右するという、憂慮すべき傾向を象徴している。

このような状況を象徴する逸話として、トールキンの『指輪物語』の位置づけが語られた。1970年代から、MSI(イタリア社会運動)という政治団体は、トールキン作品を近代的思考と伝統主義との間の闘争のメタファーとして解釈してきた。MSIの青年グループ主催のホビットキャンプというフェスティバルには、ジョルジャ・メローニ首相自身、サムの格好で登場している。2023年に国立近代美術館で開催されたトールキン展は、伝統的価値観を強化し、修復しようというイデオロギーが表れたものだった。

こうした排他的なナラティブに対し、市民社会、アーティスト、文化機関が連帯して抵抗し、よりインクルーシブで多元的な文化のビジョンを拡大することが不可欠であり、そうすることではじめて、右派の広範な影響に対抗し、社会の多様性と複雑性を反映した未来を確かなものにできると述べ、発表は締めくくられた。

ハンガリーのタマシュ・ヤーサイは、右派が政権を握る国の例として先ほどの発表で名前が挙がったことに触れ、国際社会のハンガリーに対するイメージを起点に、表現をめぐる実際の状況について発表した。第一に、ハンガリーにおいて共産主義時代から現在まで、直接的な検閲は存在してこなかった。それは当局が公然と禁止することで注目を集めることを避けたためだが、上演の制限が行われた例もある。ペーター・ヴァイス脚本の『マラー/サド』は共産主義最大のタブーといえる1956年のハンガリー動乱に言及しており、ハンガリーの批評家はクリエイターを守るために沈黙を貫いていたが、本作の国際的な評価の高まりによって、その場面についても公然と論評がなされるようになったことで、初演が行われた町以外での巡回公演は禁止されたという。現行の政府においても検閲は存在しないが、舞台芸術は政府の決定に財政的に依存している。ヤーサイによれば、20世紀初頭までハンガリーでは民間劇場が盛んだったが、1949年にすべての劇場が国有化され、演目の選定、演技のスタイル、どのような価値観を伝えるかについて積極的な介入がなされた。

アーティストによる自己検閲や芸術的妥協も話題にのぼった。劇場ではスキャンダルを避けることが優先されがちだが、あえてリスクを取る演出家もいる。2008年から2013年まで国立劇場の芸術監督であった、ロベルト・アルフォルディ(Róbert Alföldi)はゲイであることを公言しており、非右翼であることに積極的にコミットしているが、現在、活動の場は国内に2つしかない民間劇場に限られているという。アーティストが運営するカトナ・ヨーゼフ劇場は、右派の有力政治家の私生活に言及する作品を上演したことで助成金は大幅に削減されたが、ハンガリーのインディペンデント劇場は伝統的に非政治的領域であり、右派がどれだけ演出家を敵視しても恐れることはないと、力強く発表は締めくくられた。

Photo by Haruka Oka

ルーマニアのイリンカ=タマラ・トドルツは、データを用い、主として労働問題について語った。アーティストへのアンケートによれば、経済状態や心身の健康についての結果がパンデミック後はさらに悪化しているという。文化労働者(cultural worker)にとって福利厚生が充実したフルタイムの雇用は限られており、期間限定の契約やギグワークを渡り歩くことになり、生活費の支払いも難しくなる場合がある。結果、多くの文化労働者が、自分のつくるものがそのような犠牲に値するものかと疑問を抱くようになっている。

この状況はEUを含め、大きな流れの影響を受けたものでもあるという。EUには、文化部門を支援するプログラムである「クリエイティブ・ヨーロッパ」があるが、2014-2020のプログラムからは、より速く流通し、市場が大きく、商業的利益を得られるオーディオビジュアルのプロジェクトを大幅に優遇するようになっている。

ルーマニアには、過去に公的資金で芸術を援助する福祉国家モデルがあったが、現在の政府は文化事業に干渉せず、公共サービスとしての劇場機能は縮小している。不十分な助成金を組み合わせてやりくりする状況は持続不可能であり、プロセスや生活費ではなく成果物にしか支援が与えられないため、作品の質は低下し、芸術的実験が無力化され、批評的衝動は成熟する前から弱体化してしまうという。

新自由主義下では、収益化できない文化を長期的に維持することはできず、支援を期待し続けることは現実的ではない。であれば、他のプレカリアート、権力を奪われた人びとと連帯する必要があるというのがトドルツの立場だ。労働者は、経済圏を中心とする世界を否定しなければならないのであり、演劇界においては、それはチケットがいくら売れたかといった数値化可能な成果物や、輸出・輸送可能な作品に焦点を当てた既存の議論の枠組みを拒否することを意味する。文化セクターの外で広い同盟関係を構想し、様々な関心を持った人と連帯することで、長期的なシフトは展開されるだろう。経済に従属するのではなく、意識的に経済を方向付ける可能性を開くような演劇の制作を期待する、とトドルツは述べた。

日本の伊藤寧美は、「ポリティカルコレクトネス」という語が用いられるコンテクストやその語の含意について問いかけた。1990年代のアメリカにおいては、ポリティカルコレクトネス(PC)という語は、ジェンダーや人種など、一見多様性に富んでいるが、表面的な理念だけで中身がともなっていない芸術作品について、皮肉のニュアンスで用いられていたのではないかと問う。

しかし、現在の日本で、特に演劇の文脈では、ポジティブな意味で使われることが多い。たとえば、主要キャラクターに同性愛者がいる作品について、「この作品はPCだ」、「PCにかなっている」といった表現がされ、作品が積極的に取り入れるべき考え方のようにとらえられている。むしろ、PCという語を皮肉で使うのは、このアイデアに反対する差別的な人々である。たとえば、「作品がPCのせいで面白くなくなった」、「検閲である」といわれるほか、対立相手を攻撃する武器としてPCをとらえた「ポリコレ棒」という言葉も使われる。

そうした状況の中で、現在の20代~30代の日本の若手演出家・劇作家の作品には、政治的意識の強いものが増えてきたという。社会問題を自分とは関係のないテーマとして扱うのではなく、自身が常に既に政治的状況に置かれていることに自覚的なアーティストたちである。芸術家による他者の経験の搾取を物語の軸とする池田亮、女性の身体や欲望をクィアな視点から描き出す市原佐都子、沖縄で生まれ育った経験をもとに現代の米軍基地問題を取り上げる兼島拓也などが例に挙がった。彼、彼女らの作品を見れば、PCが作品をつまらなくするという批判が通用しないことは明らかであり、政治的意識が作品を面白くしていることが強く語られた。

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後半のディスカッションでは、右傾化した政府による影響のほか、SNSを中心としたアーティストや表現に対する攻撃についての議論が交わされた。アルトゥーゾは、右傾化した政府が文化施設に対する権力を用いて支配基盤を固める動きがあることを説明した。『指輪物語』など、美的要素を用いて自らのナラティブを強めているため、マスメディアとSNSの双方に効力を及ぼしているという。ヤーサイはこれを受け、左派の側からも政治的な批評のみならず、作品に対して美的な分析を加えることの重要性を強調した。

トドルツは伊藤の「ポリティカルコレクトネス」という用語に関する議論を受け、ルーマニアでもこれに似た語が右派により、より重要な問題を覆い隠すために戦略的に用いられていることなどが指摘された。

全体を通して、右派政権による圧力や支援プログラムの不足、あるいはインターネット上のバックラッシュなど、各国の強く懸念すべき状況が語られたが、それとともに、将来の連帯へのビジョンが各登壇者から提示される前向きなセッションとなった。

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批評家・イン・レジデンス@KYOTO EXPERIMENT 2024
パネルトーク②(複数の)分断の時代(右傾化、ポリティカルコレクトネス、舞台をめぐる労働環境)
日時:2024年10月20日(日)11:00-13:00
会場:京都芸術センター ミーティングルーム2
登壇:ルカ・ドメニコ・アルトゥーゾ、伊藤寧美、イリンカ=タマラ・トドルツ、タマシュ・ヤーサイ
通訳:樅山智子
主催:駐日欧州連合代表部
協力:KYOTO EXPERIMENT、公益財団法人セゾン文化財団
レジデンス協力:京都芸術センター
運営:ゲーテ・インスティトゥート東京


柴島彪(くにじま・あや)
神戸を拠点に活動。散文と批評『5.17.32.93.203.204』編集。『AMeeT』『Spin-Off』などに寄稿。浄土複合ライティング・スクール4期生。

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