2026.1.23 (Fri)
KYOTO EXPERIMENT 2025にて実施した、日本、タイ、東南アジアの次代を担うアーティストのインキュベーション・プログラム「Shifting Points」のパブリック・トークと意見交換会の報告レポートを興行研究者・批評家の田中里奈さんに執筆いただきました。
2025年10月25日(土)、京都芸術センターのミーティングルーム2にて、Shifting Pointsのパブリック・トークが実施された。Shifting Pointsとは、Bangkok International Performing Arts Meeting(BIPAM)、KYOTO EXPERIMENTおよび独立行政法人国際交流基金(JF)が共同で主催する、日本、タイ、東南アジアの次代を担うアーティストのインキュベーション・プログラムである。
Shifting Pointsは2025年に始まったプロジェクト。公募で選出された日本・タイ・ベトナム・インドネシアの次世代アーティストたちが、BIPAM(タイ・バンコク)とKYOTO EXPERIMENT(日本・京都)にそれぞれ一週間滞在し、調査や意見交換を踏まえてアイデアを発展させるとともに、ワークショップを実施した。
本記事では、パブリック・トークの様子をお届けするとともに、同日夕に同室で実施されたShifting Points参加アーティストと、『クルージング:旅する舌たち』(KYOTO EXPERIMENT 2025 Showsプログラム)の出演アーティストとの意見交換会の模様も、併せて報告する。
パブリック・トーク
ミーティングルーム2の黒板側にはスクリーンが設えられ、それを左右から囲むようにして、Shifting Points参加アーティスト6名――アンナスタシャ・フェリナ(インドネシア)、玉井秀和(日本)、ホアン・アイン・グエン(ベトナム)、ポンサトーン・プッタコート[リウ](タイ)、タナポン・アッカワタンユー[ファースト](タイ)、内田結花(日本)――に加えて、ササピン・シリワーニット(BIPAMアーティスティック・ディレクター)、シリー・リュウパイブーン(BIPAMアソシエイト・アーティスティック・ディレクター)、そしてKYOTO EXPERIMENT共同アーティスティック・ディレクターの塚原悠也(Shifting Pointsファシリテーターも務める)と川崎陽子の計10名が半円状に着席した。英語の発言にはワタナベモモコによる日本語通訳がついた。
パブリック・トークは、まず塚原と川崎の両名よりShifting Pointsのプログラム説明から始まった。本トークは、京都滞在中の考えをシェアするための場として設けられたとのこと。続いて、シリワーニットとリュウパイブーンがBIPAMについて紹介した。
ここからは、Shifting Points参加アーティストたちに進行が委ねられ、おだやかな進行のもと、これまでの行程の様子と各アーティストの思うところが、率直かつビビッドに語られた。
まずはめいめいから滞在中に印象に残ったことが述べられた。京都では、海外勢は皆でゲストハウスこばこに滞在し、玉井・内田もそこに訪問することで、交流を深めた。この間、KYOTO EXPERIMENTのShows鑑賞、招聘アーティストとの対話、一般公開のワークショップも実施された。くわえて、京都大学内の吉田寮や西部講堂を見学したり、神戸・新長田のDANCE BOXを見学したりする機会もあった。これらの見学に関しては、玉井(現在京都大学大学院在学中)と内田(文化庁・DANCEBOX主催「国内ダンス留学@神戸」2期修了生)が案内役を担当した。
演劇と映像の両方面で活躍するアッカワタンユーは、「普段、国外のパフォーマンスは映像で見ることが多いので、KYOTO EXPERIMENTでの生の上演が生み出そうとしているコネクションをありありと感じた」とコメント。社会的な対象に関心を持つフェリナはPunk and Beyondを挙げ、インドネシアにおけるパンクのスティグマ性と比較して、同公演が「社会の中でどうサバイブしてリブするのかをよく考えてる」とコメントしていた。
新長田の大正筋商店街では、「国内ダンス留学」の卒業生の営んでいるダンススタジオや古本屋などを、皆で訪れていった。彼らの半野外パフォーマンスを商店街の人々が訪れる様子を知り、「野菜を売る人がいるのと同じく、私たちはパフォーマンスを売っているという話が印象的だった」と玉井。スタジオLang Toiで横堀ふみ(DANCE BOX プログラムディレクター、VIANCommunication代表)から話を聞いたフェリナは、「一見するとアートプロジェクトのようだけど、子どものためのベトナム語教室(1) や劇場写真館(2) といったアクティビティを通して表現に人々を巻き込む仕組みが印象に残った」とのこと。
次のテーマは自分にとっての「変化(Shifting)」。ここでは興味深いことに、自分がそれまで用いてきたアーティスティックな手法を再考し、新たなやり方を実験して得たことに、皆が触れていた。
フェリナは、おおしまたくろうのオブジェクト制作から薫陶を受けた。「頭の中で全部完成させてから試さなくちゃいけないのかな、とこれまで思っていた」「でも、プロセスの中で見つけられることもある」。そこに内田が「ちょっとフィクションを足すと、〈こうしなきゃ〉に囚われずに自由になれるのでは」と付け足す。プッタコートはフェリナの考えに同調しつつ、「自分の家の中に、小さな実践をしていくための小さな場所をつくり、自らの関心のあるものに誠実な心で取り組んでいきたい」と述べた。
内田は「いろんなことをシェアしていくなかで、(当初の計画を遂行すること以上に)この6人で何ができるのかの方に関心が出てきた」と述べ、「京都の一軒家の中で鍋を一緒につつくなかで、何か一緒にできるかもしれない」「何が生まれてくるか、考え始めていることが自分にとってのシフト」とまとめた。玉井もこれに呼応し、これまでの協働が「作品をつくるうえでどう関係性を築いていくか」に重点を置いていたと発言し、本プロジェクトは「まず知り合うところから」始まり、「何かやってもらったから自分はこうしよう、ではなくて、自分から先にこうしようみたいな」変化が生じたと結んだ。
「もっとゆっくり(Be more slow)」と述べたのはアッカワタンユー。「京都はバンコクに比べるともっとスローダウンしていて、静かで…(笑)。考える時間を取って、自分の焦点がはっきりしてきた」という。グエンもこれに同意しつつ、これまでのパフォーマーとしての活動からシフトして、つくる側に回ったことで新鮮な体験をしているとまとめた。
ここでフロアから、「異なるジャンルの活動をしてきたアーティストからいかなるインスピレーションを得たか」という質問があった。一同が「うーん」と頭を悩ませたあと、玉井が「自分は言葉で考えてからアウトプットするけど、ダンサーは先に体が動く。それを見て、まずは体を動かすところから始めてみようと思った」と回答。これにフェリナが呼応して、「このエクスチェンジから、自分は書くことで頭の中を整理する方法を得た」と発言。最後にアッカワタンユーが「創作の言語は人それぞれ。自分は体を使ってつくることにすごく抵抗が…(一同笑い)。でも〈このチームでなら〉と思えた」とまとめた。
フロアには、熱心にメモを取るオーディエンスがあり、さらにトーク前後にネットワーキングを行うアーティストや関係者の姿があり、これがトークイベントであると同時に、今後の芸術活動に向けたエクスチェンジの場であることが垣間見えた。
『クルージング:旅する舌たち』出演アーティストとの意見交換会
Shifting Pointsの参加アーティストたちは、KYOTO EXPERIMENTのプログラムを観劇し、さらに公演後に制作・出演アーティストと意見交換会をする機会を得た。ここでは、『クルージング:旅する舌たち』からJang-Chi、李 銘宸(リー・ミンチェン)、ネス・ロケの3名が参加し、さらに川崎と塚原が進行役を担った意見交換会の模様をダイジェストでお届けする。なお、会は全編英語で行われ、ワタナベモモコの通訳がついた。
参加アーティスト側からの質問は、まず『クルージング:旅する舌たち』立ち上げの経緯に始まり、異なる言語・制作手法・文化の間でのコラボレーションのやり方へとシフトしていった。つねに異なる現場で作品を発展させていったので、変化し続ける状況下で「ペースを保つ」ためにたくさん議論したし、議論外で安心を共有する時間を持てたことも重要だったとネス。アッカワタンユーがそれに同意し、皆がうなずき合う場面もあった。
質問の矛先はクリエイションにおける役割分担へ。「作品の発展には皆が平等に関わったけど、各々の得意分野は尊重していた」とJang-Chi。ネスはテクニカルチームとの協働方法に触れた。銘宸はチーム内議論における言語に触れ、「これはアートだから、母語で話しても不十分なんだ」と切り結ぶと、同席者はめいめいに同意を示した。さらに、この作品のもう一人のコラボレーターである温又柔をはじめ、作中のさまざまなアイデアの源と多様なコラボレーションのあり方が共有された。
ここで、玉井がアーティスティックなリサーチとアカデミックリサーチの違いについて質問し、出演アーティストだけでなくShifting Points参加アーティストも考えを共有する場が開かれた。アーティスティックなリサーチは「フラヌール」だとJang-Chi。アーティスティックなリサーチでは、「互いの関心やセンシティブな対象をわかっていく」ことを通じて「それが作品の一部になっていく」とネス。銘宸はShifting Points参加アーティストにマイクを向け、各自の関心を聞き取ったうえで、「アーティスティックなリサーチは、答えを求めるためのものではなくて、最終的にアーティストが何かに変えていくことだ」と結んだ。
この意見交換会は前述したパブリック・トークの当日晩に行われ、朝のトークでシェアされた内容がさらに深まっていく感があった。「Shifting Points参加アーティストの間での試行錯誤が作品の形に結実するとしたら、どういうプロセスを辿るのか」という仮定の問いへのひとつのアンサーが、『クルージング:旅する舌たち』のアーティストによって示されたように見えた。それと同時に、最後に銘宸が質問者にマイクを向けたことによって、「自分が何に共鳴し、今後どうしていきたいのか」という問いへと良い意味で回帰したようにも見えた。
Shifting Pointsは3年間にわたるプロジェクトであり、2025年はBIPAM、KYOTO EXPERIMENTとプロセスを踏んできた。以後のフェーズでどのようにプロジェクトが孵化していくのか、目が離せない。
(1) 神戸市長田区公式note「【長田区地域づくり活動助成】文化交流の、その先へ!誰もが暮らしやすい共生社会の実現に向けて」(https://note.com/kobe_nagata_ward/n/nbfa28b17f967、2024年6月10日)に詳しい。
(2) 2022年に始動した、NPO法人DANCE BOX主催プロジェクト「劇場写真館〜新長田家族編〜」(https://db-dancebox.org/project/1389/)のこと。横堀は制作として加わっている。
執筆者プロフィール
田中里奈(たなか・りな)
興行研究者、批評家。京都産業大学文化学部准教授。博士(国際日本学)。専門であるドイツ語圏と東アジアにおけるミュージカル論および興行論については主に日英で発表中。国内外の批評誌に不定期執筆も。