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バック・トゥ・バック・シアター: 「背中合わせで」、「次から次へ」生成変化/老化/進化する演劇 文・エグリントンみか

2023.10.2

©︎Kira Kynd

バック・トゥ・バック・シアター『影の獲物になる狩人』の上演に向けて、演劇研究者、批評家、翻訳家のエグリントンみか氏によるプレビュー記事です。ぜひ観劇前にご一読ください!

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「背中合わせで」、「次から次へ」展開する劇場と訳することができるバック・トゥ・バック・シアターは、オーストラリア南東にあるヴィクトリア州第二の港湾都市ジーロングに1987年に設立された。以来35年にわたり、健常者を中心とする社会においてはマイノリティとされる「神経多様性」を持つ俳優の個人的な体験や視点を舞台や映像という俎上に載せ、「障害」に対する偏見や差別やタブーに挑みつつ、人間の潜在能力と演劇の可能性を拡張してきた。
1999年にブルース・グラッドウィンが芸術監督に就任し、人間の個性と能力、他者への共感と反感、性欲動と生殖、命の選別、優生思想といった俳優たちが日々直面している問題系について俳優、スタッフ、観客、ワークショップ参加者らと議論を重ね、その過程や解釈を、詩的にも、シニカルにも、コミカルにも劇化する独特の手法で知られるようになった。2003年に初めて行った海外公演『ソフト』(2002年初演)が反響を呼び、インクルーシブ・シアターの先駆者として世界的な認知度が高まっていった。日本には2013年にフェスティバル/トーキョーに『ガネーシャVS.第三帝国』(2009年初演)が招聘されたのを皮切りに、2018年に東京芸術祭に『スモール・メタル・オブジェクツ』(2005年初演)、コロナ渦を経た2022年に国際芸術祭あいちに『オッズランド』(2017年初演)と『影』(2019年初演)の二映像作品が上演されている。
出生前診断で胎児がダウン症である可能性が高いと告知され、産むか、産まないかの決断に迫られる夫婦を、ダウン症の役者が演じる『ソフト』を2003年にハンブルグ・ラオコーンフェスティバルで目撃した筆者は、批評性と娯楽性を併せ持つ稀有な舞台の虜となり、その活動を追ってきた。2013年には『ガネーシャVS.第三帝国』の字幕翻訳を担当し、マーク・ディーンズ、サイモン・ラフティ、スコット・プライスという長く劇団で活動してきた役者たちと時間を共有し、「舞台裏」も垣間見た。その様子は『シアターアーツ57』(2014)に寄稿した「上演不可能性を昇華するメタシアター」に詳しいが、舞台は稽古場から始まる。障害を克服する神ガネーシャを演じる役者兼劇作家に、サイモンとマークが新作の配役について質問をしている。幕が引かれると、ヴィシュヌが現れ、象頭のガネーシャが、父である破壊神シバによる世界の破壊を阻止するため、ヒトラーに盗まれた卍の奪還を試みる旅路が語られる。役者が本名で登場する現実を模した稽古場面と、神話と第三帝国が往還する劇中劇が侵食し合いながら『ガネーシャVS.第三帝国』は進んでいくのだが、いずれの物語もオープンエンドのまま完結を見ない。「ヒンドゥー教の神を芝居で流用しても良いのか」、「ホロコーストを知らずにユダヤ人を演じて良いのか」、ヒトラーを演じるのは「モラルに反する」と、他者を代理表象する演技に対し異議申し立てを行うスコットを含む知的障害を持った4人の役者と、演出家兼役者でアンサンブル唯一の「健常者」たるデヴィッド・ウッズの関係は破綻し、投げやりになった彼が裸舞台という迷宮でマークを探すハイド・アンド・シークで幕となる。
©︎Kira Kynd

役者の本名と登場人物名がしばしば同じであるバック・トゥ・バック・シアターの芸は、虚実皮膜の間にある。リアルとフィクション、ライブと再現芸術、舞台上と舞台裏、役者と観客、見る者と見られる者、障害者と健常者、人間と人間以外は、常に既に「背中合わせ」でもあることを暴くドキュメンタリー風メタシアターは、個人的な体験を、政治問題、さらには人間中心主義を超えた天文学的現象へと繋げ、既成概念に揺さぶりをかける。生労苦にまつわる、容易には答えの出ない難題が矢継ぎ早に発せられるが、「正しい」回答や解決に至ることは、まずない。むしろ正解のない問いこそが、次の作品を生み出す原動力となっている。
今秋に京都と山口で公演を持つ『影の獲物になる狩人』は、あいちで上演された『影』の舞台版となっている。ジーロングにあるコミニュティ・ホールが舞台となっており、会議の参加者の立場に立たされる観客に対し、各々障害を持つスコット、サラ・メインワリング、サイモンが人工知能の脅威を訴え、世界を救おうとする。だが立場や見解の違いから議論は錯綜し、女性の声を持つAIの方が遥かに理知的で、人心掌握にも長けていることを皮肉にも露呈してしまう。
ハンブルグでバック・トゥ・バック・シアターに出会ってから20年の間、生成AIの軍事利用が危惧される程にテクノロジーが進化してきた一方で、筆者と役者の身体は日々老化し、死へと向かっている。このシビアな現実と入れ子構造になっている『影の獲物になる狩人』を見ながら、文字通り「次から次へ」問いが湧いてくる。生物学的な死を待たない人工知能が、人間の知能を超えた場合、両者の能力と存在は、どのように管理され、再定義されるのか。生物の死は進化に組み込まれているが、不死のAIによって、退化とされるのか? 「影の獲物」となる「狩人」とは、誰なのか? 数々の謎に不安を覚えつつも、幕切れのスコットとサラのやり取りに、筆者同様、一縷の希望を見出す観客もいるかもしれない。

<執筆者プロフィール>
エグリントンみか
専門はシェイクスピアを中心とする初期近代と現代の二大英国ルネッサンス演劇、「ヨーロッパ」と「アジア」の比較現代演劇。神戸市外国語大学英米学科教授として教鞭をとる傍ら、舞台芸術、映画、現代美術に至る広義の視聴覚芸術を中心に、The Japan Timesなど日本語と英語でのメディアで批評・翻訳活動を展開している。

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