2023
10.7
-
10.8
演劇
magazine
2023.9.27
バック・トゥ・バック・シアター『影の獲物になる狩人』の上演に向けて、アーティスト、文筆家のアサダワタル氏によるレビューをいただきました。
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障害、健常、異常、普通。「言葉」に閉ざされながら、自分という存在を認識し続ける私たちにとって、そもそもその「私たち」って一体誰(何)なんだろう? 「影」は昼夜を問わず「私たち」の中に佇みながら、意識化されたときはすっと姿を消すふりをして一層濃さを増し、巧妙に意識の裏へ、また裏へと移ろいでゆく。捕まえるなんて無理。むしろその前に、「私たち」が捕まってしまう。
スコット、サラ、サイモンによって繰り広げられる「集会」は、人類に対するAIの脅威とか、知的障害者が受けてきた差別の歴史とかがテーマ。いや、そうでもあるけど、実際には平凡すぎるマウント合戦だったりする。誰がこの場を仕切り、集まった市民(≒観客)にまともに語りかけることができるか。「私たちは知的障害者だ」という3人のなかにも上下関係があって、言語障害がもっとも重くかつ女性でもあるサラは、時にスコットから上から目線で諭され、時にサイモンからも不当な提案を受ける。中途障害者で比較的流暢に話せるサイモンは、サラからみれば知的障害者ではないとされるが、スコットから見れば十分に知的障害者であると。
言語障害がある3人は、このように「言葉」を扱うし、そして「言葉」に極めて敏感だ。サラはリアルタイムで字幕に変換される台詞(言語障害者の聞き取りにくい発話を補足するための“情報保障”として!)が映し出されるスクリーンに向かって「私たちは異言語を話してない!失礼よ!」と罵倒するし、スコットは「言語障害があるし、オーストラリア訛りだし……」と落ち込む。それゆえに集会で「言葉」をハンドリングし、差別の歴史を滔々と語るときは、「言葉」に酔いしれる。この「(自分にだって)できる!」という意識は、さらに「言葉」に強い方向性を与える。訴えたいこと=目的があって手段としての「言葉」があるはずだけど、それは容易に逆転する。そう、突然市長になって仕切り出すサイモンのふるまいのように。でも、これこそが「言葉(の脅威)」なのだ、というメッセージが本作には一貫して響いている。
©Kira Kynd
3人の連帯から生まれる「私たち」は、市民(≒観客)である「あなたたち」とは違う。「私たち」は「あなたたち」との間に引いた黄色のテープラインを決して踏み超えない。そしてサラは言う。「近い将来、物事は今よりも速く進み、追いつくのは不可能になってくるでしょう。あなたがどれだけ努力しようとも、あなたは知的な障害を抱えます」と。AIが支配する未来になれば「あなたたち」だって「障害者」だと。しかし一方でこうとも言える。黄色のテープラインを唯一超え、「私たち」と「あなたたち」をいまこの劇中でつないでいる補助線こそがAIではないかと。AIは差別しない。AIに「普通」という価値観はない。AIが究極的に「言葉」そのものであるとき、そこに閉ざされるも、開かれるもなく、ただ「言葉」がある。つまり、本当の問題は、「言葉」かどうかではなくって、人間が「言葉」になろうとするその意志の不可能性にこそ宿っているのではないか。だってそんなの、無理じゃないか。人間は、つねに「言葉」から零れ落ちるものだから。そこにこそ愛おしさだってあるから。
人間は意識すると構える。意識すればするほど、「影」に囚われる。でも、ただやりとりだけがそこに漂う何気ない言葉、強い方向性を伴わない言葉の存在があると仮定し、それをあえて「ことば」と名付けるならば、その「ことば」の地平でのみ、ぎりぎり(ここからは「私たち」と「あなたたち」が合わさった意味での)「私たち」になれるのかもしれない。AIが届かない「ことば」の地平にまで、「私たち」は自ら好き好んで「言葉」を持ち込み、差別や評価の対象としてきたのでは? これはAIの問題ではない。人間が「言葉」を手放して、「ことば」で戯れる技法を取り戻さないといけないということ。そして言うまでもなく、その技法のひとつに、演劇はある。
サラとスコットが黄色のテープラインを引く前の冒頭数分、引かれている間の約50分、そして外されてからのラスト数分の「ことば」と「言葉」と「ことば」のなかに何が詰まっているのか。ラストの唐突な「やりとり」から浮かび上がる究極の「ことば」が何も特別なことじゃない、いや、特別なんだけどその特別なことが当たり前のように日々に溢れている未来の「私たち」を、本作を通じて創造/想像してほしい。
<執筆者プロフィール>
アサダワタル
アーティスト、文筆家、近畿大学文芸学部教員。「これまでにない他者との不思議なつながりかた」をテーマに、様々な生活現場に出向き、アートプロジェクトの企画演出、作曲演奏、執筆活動を行う。2019年より3年間、品川区立障害児者総合支援施設ぐるっぽにてアートディレクター。『住み開き』『想起の音楽』『福島ソングスケイプ』など著書・音源多数。