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【レビュー『むくめく む』】文:よるのふね

2021.12.3

関かおりPUNCTUMUN『むくめく む』(2021) 撮影:守屋友樹

このレビューは、KYOTO EXPERIMENT 2021 SPRING「批評プロジェクト 2021 SPRING」で選出された執筆者3名に、KYOTO EXPERIMENT 2021 AUTUMNのプログラムより1作品についてのレビューを執筆いただいたものです。

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関かおりPUNCTUMUN『むくめく む』レビュー
「余白という世界の肌理(きめ)」
文:よるのふね

人間が動いている。ひとり、もうひとり、ふたり。もうひとり。空間にやってきて、動いて、どこかに去って、またやってくる。身体が動くと揺れる、胴体からところどころ伸びる灰色の毛。跳んで着地した地面で舞う、羽のような砂。
なんだろうと、眼を凝らす。目の前で動きつづける人間たちは、「なに」をやっているのか。この人間、あの人間は「だれ」なのか。わからないまま追っていくと、聞こえてくる。雨。風。鳥の声。歌声。泣き声。テレビの音。飛行機の音。それらの音は粒のように現れては去り、「なに」や「だれ」への回答にはならない。そうしていると、漂ってくる、あまずっぱい香り。どこから? なぜ? どんな意味が? 香りは空間をさまよって、じきに消え、そして、風。舞台上に風が吹いている。やわらかい苔のような地面がざわざわと小刻みに揺れているのがわかる。
そうしてやっとみえてくる。「なに」と「だれ」を追う視覚がほどけて五感にひらかれると、一面的な意味の膜はめくれあがって消える。そこに、固有の身体で動く人間たちの姿が、あたらしく立ち現れてくる。

関かおりPUNCTUMUNによる『むくめく む』は、モノクロームの四角い空間に、七人のダンサーが入れ替わりながら展開していく。
そこには一見、筋となるストーリーが見当たらない。意味や帰属からほどかれたダンサーの動きは、五感を触発する舞台装置とともに、鑑賞者の一元的な視点を解体する。そこから露わになっていくのは、人間をとりまく周囲でたえずうごめいている余白の肌理の存在だ。

意味に中断されない、やむことのない動き

意味を捉えようとする視点が一点に留まらずにすべりおちてしまうのは、ダンサーの動きの「中断」のなさに関係しているようだ。連続した出来事に意味を見出すためには、固定した視点からの捨象と抽出の整理がいる。ひとりがひとりに、時に何人かに、近寄ったり離れたり、ふれたりふれられたり、乗っかったり落ちたり、運んだり押したりする、それらのやりとりには、固定した視点をつくりだす「中断」が見当たらない。
三人のダンサーがひとりのダンサーの身体を足の裏で持ちあげていくシーンがある。言葉で書けば、「持ちあげる」というひとまとまりの動作のようだが、各々のダンサーの動きは「持ちあげる」というひとつの意味の時間に統一されることはない。それぞれ固有の時間とリズムを携えたまま、相互のやりとりの末に、おのずと「持ちあがる」という出来事が場に生起していく。ひとつの行為にダンサーたちの動きが収斂(しゅうれん)されず、個々の動きと動きがからみあって生まれていく様子は、特定の誰かが「する」動きではなく、複数の要素が絡み合うことで「なっていく」動きに映る。そこに流れているのは、意味に必要な「中断」がもたらす共通の時間ではなく、個々の身体固有の時間の流れだ。その複数の時間がふれあう接触の様が、ダンサーの身体によって場に描かれていく。
また、舞台である四角いモノクロームの空間は、ひとつの視点に焦点化されない。時に、ダンサーの動きは舞台上の至る所で同時並行に起こっていく。舞台右側にふたりが、左奥に三人がいて、そこからひとり去っていったかと思うと、手前からひとり、現れる。視点を一点に誘導しない空間は、中断のない動きと同様に、意味の足掛かりとなる固定視点をつくらない。時おり聞こえてくる音、陰りと日照りに移ろってゆくような照明、かすかに漂っては退いていく香りも、ひとつのストーリーを組みあげる要素にはならず、空間内に現れては消え、視点の知覚を五感へとひろげていく。
意味の枠組みをつくる中断や、一面的な視点をつくる焦点がないことで、ひとつの筋となる線的な時間がここではつくられない。代わりに生じるのは、とどまることのないダンサーの動きである。それは、複数の時間がからみあって生じる、連綿とつづく出来事の様子だ。

所有に切断されない、帰属のない動き

ストーリーに還元されない時間のなかで、同時にほどかれていくのは、行為の帰属性だ。ひとり、かがんでかたくなっている人間に別の人間が近寄っていく。すこしだけ接近し、歩みを変え、ゆっくりと待ったり、遠くから背伸びして伺ってみたり。あいだに身体を差しはさんでみたり、すっとかがんでふれてみたり。ダンサーとダンサーの微細な反応のやりとりに客席から立ち会っていると、そこに実際の動きとして現れなかった別の動きの可能性が浮かび上がってくるようだ。インプロビゼーションではないのにも関わらず、『むくめく む』のダンサーの動きは、さまざまな可能性がうごめくなか、相手との応答によって都度、相互に選びとられ、場に表出されていっているように映る。それは、ダンサーひとりきりでも同様で、ソロであっても周囲から独立した動きとしては立ち起こってはこず、そこには目には見えない存在が、ダンサーの動きと共に浮かび上がってくるようなのだ。それは、音、香り、風、その他五感によって立ち現れてきた、目には見えない周囲の余白の存在である。環境とのやりとりでその都度描かれていくダンサーの動きによって、可能性としての余白が、微細な肌理を伴って浮かび上がってくる。
しかし、意味づけるための中断のなさと、帰属による切断のなさは、そこに境界がないことを意味しないようだ。むしろその逆である。ダンサーたちは、ストーリーが導く一元的な時間軸から解放されることで、身体の時間のひとりひとりの在り方を際立たせる。余白との相互性で生まれていく、そのひと固有の動きによって、みずからの存在で場に立ち現れつづける。ダンサーの胴体になじむ、皮膚の色や身体の形に沿う、ところどころ長い毛の伸びる薄布は、その人間の性や身体の形を、隠しもせず誇張しもしない。身体はなにかに象徴されず、ただその固有性のままに存在し、人間の顔、ひとりひとり違う人間の顔は、やりとりのなかで、にこっとほほえんだり、涙をおとしたり、ウインクを送ったりする。内にこもるひとりに近寄ってふれるひとり、やりあうふたりと仲裁を試みようとするひとり、自然とあつまって過ごす何人かの人間たち。そこには、ストーリーが規定する「だれ」という役に当てはまらない、代替不可能な身体の時間で生きる、固有の人間がいる。

浮かび上がる余白

タイトルの『むくめく む』とは、剥(む)く、うごめく、めく、芽、産(む)す、などの言葉の集まりからつけられたのだという。『むくめく む』の身体表現を前にすると、意味や帰属を求める身体イメージが剥がれ落ちていき、こちらの身体感覚が変容していくかのようだ。眼には見えずとも、動物である人間の身体は常に周囲の環境にふれ、同時にふれられながら独立せずに存在し、たえず微細な動きを生みつづけている。目には見えない身体の動きが、生きている限り続いていく。そして、また気づく。周囲の空間との応答によって描かれていくダンサーの動きによって生起する、余白の肌理をその身に感じとることで、環境のなかで生きる人間は、たとえ命が途絶えても、それは「中断」にも「切断」にもならないのだとわかる。身体が変容しても、ふれ、ふれられる応答は変わらず、また新たな動きが生まれ、命はつづいていくのだ。
からまってはほどけていくようなダンサーとダンサーの動きは、一本一本の繊維がつむがれてはほどけていくようにも見え、「むくめく む」の言葉の中に、績(う)むという糸を手でつむいでいくイメージが、形に現れない音として姿をひそめているかのようだ。
関かおりPUNCTUMUNによる『むくめく む』の身体表現は、人間の存在する世界の余白の肌理こそを露わにする。自分の身体を自分の眼で見ることができず、何かにふれようとすれば同時にふれられてもいる人間、そしてイメージをする能力を持った動物である人間が、どうそれぞれ固有の身体と時間を携えながら、この世界のなかで共にいつづけていくか、その問いへの身体の在り方として描かれつづけていた。

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