フェスティバルについて

ディレクターズ・メッセージ

Photo by Wichaya Artamat

ポケットに石ころ、そして2026年のKYOTO EXPERIMENT

今年のKYOTO EXPERIMENTのキーワードは「ポケットに石ころ」。Showsプログラムの多くには、身体を通して他者の記憶や物語を運び、表現するという舞台芸術の営みそのものに立ち返り、いまを眼差している表現を見出すことができる。劇場が内包する個人と地域の記憶、失明する祖⺟が暗記し心の支えとした詩、検閲を逃れながら記される⼿紙、移⺠とその家族の⼟地との結びつき、身体と詩の交わりからつくられる本とダンス……これらの個人的・集合的記憶と物語は、他者と何かを共有する切実さをもって舞台芸術というメディアにより運ばれ、このKYOTO EXPERIMENTという空間と場で観客に手渡される。
 いま世界で起こっていることに目を向けると、格差や分断に覆われ、紛争や戦争のなか、人道危機の状況は続いている。他者と物語を共有することが、いつのまにかとても困難になりつつあるなかで、フェスティバルが物語を運び、共有する場であり得ること、そのものを問いなおすことを、2026年の開催を通してあらためて思考してみたい。そのためのキーワードとして、何かを運ぶためのポケット、そしてそこに、膨大な情報や記憶、時間を内包する、人類にとって最も古いメディアであり、抵抗の象徴でもある石——名もなき小さなものかもしれない、石ころを入れて持ち運ぶことをイメージして、「ポケットに石ころ」を提案したい。

 経済格差や分断が極端に進む状況のなかでは、極端な政治信条を訴える政治家が支持を集め、わかりやすい経済指標で多くのものごとがはかられていく。文化にもまた、その足音は近づき、というかすでにその足の下に敷かれていて、経済的な尺度で評価される傾向が顕著に強まっていることは、文化芸術活動に従事する多くの人たちが感じているところではないだろうか。日本では、政府が博物館・美術館へ自己収入の数値基準を示したというニュースがあり、博物館・美術館も「稼ぐ」ことが求められているという。また、国立博物館や国立映画アーカイブなど、「国立」の文化施設で相次ぐクラウドファンディングは、国立の文化機関の予算建て付けそのものの課題を露呈している、という議論も巻き起こしながら進んでいる。
 かくいうKYOTO EXPERIMENTでも補助金をいただき、活用させてもらってはいるのだが、数年前に設立された文化芸術活動基盤強化基金(クリエイター支援基金)では、日本の文化を「コンテンツ」として海外の「マーケット」へ展開させていく、つまり売り込んでいく動きが加速している。ヨーロッパのキュレーターたちからも、予算削減に関しての自国の文化担当省への嘆願書署名を求める連絡がアジアの我々のところに来るようになり、文化芸術への公的予算の考え方の変化は、世界の変容とも関係し、緊迫した状況を呈していることを感じている。

 そのなかでのKYOTO EXPERIMENTの状況は、毎年のこのディレクターズ・メッセージでもお伝えをしてきた。新型コロナウイルス感染症拡大中の時期に京都市の財政悪化に伴い行われた行財政改革において、2022年には、このフェスティバルを主催・運営する京都国際舞台芸術祭実行委員会の負担金のうち、京都市の負担金がコロナ前の2019年度と比べて大幅な減額となった。また、この年はKYOTO EXPERIMENTが例年獲得してきた国際交流を主眼とする文化庁助成金の採択金額が想定をかなり下回る金額となり、これらの事情により、ついに一般の観客の寄付によるクラウドファンディングに活路を見出さざるを得なくなった。2010年に始まったこのフェスティバルにおいて、寄付制度は従来より設けていたものの、クラファンのように期限を切った資金調達キャンペーンを行ったのは、これが初めてだった。
 幸いにも多くの方々の応援をいただいて1回目は無事に達成できたものの、それでは次の年、そしてその次はどう運営していくか……と頭を抱えたのち、編み出したのが2023年に始めた寄付によるサポーター会員制度で、これは2026年の現在に至るまで毎年募集し、毎年140名程度の登録と300万円を超えるご寄付をいただいている。サポーターのみなさまのあたたかな支援には、本当に感謝しかない。

 こういった寄付による新たな財源獲得の試みも続けながら、さまざまな助成金を活用して現場の運営にも知恵を絞りながらなんとかここまで続けてきた、というのがKYOTO EXPERIMENTの実のところなのだが、補助金や助成金の枠組みにも変化が起こっており、フェスティバルが始まって以来、この15年以上ベースにしてきた予算組みの考え方はいよいよ通用しなくなっている。本年度、2026年の開催はその影響が最も大きく出ているといえるかもしれず、プログラム構成には非常に頭を悩ませた。運営上のさまざまな工夫のうえ、今回参加が実現するアーティストたちは、それぞれに素晴らしい作品を発表してくれることを確信しているし、観客のみなさまとこれらのアーティストの作品との出会いをつくることができるのは、例年に違わず大きな喜びである。
 これまで述べてきたような経済的な状況は抱えつつも、なんとかして今年も、エクスペリメンタルで挑戦的な表現をがんがん紹介したり、クリエーションしたりしたいし、今も、これからも、実験的舞台芸術とその土壌の発展のためにKYOTO EXPERIMENTにできることはもっとあるはずである。今年だけでなく、今後に向けても、ポケットにさまざまな表現を含む石ころを入れて、フェスティバルとして歩んでいきたいと、一層気持ちを新たにしている。みなさまの引き続きのご支援を、何卒よろしくお願いします。

KYOTO EXPERIMENT 共同アーティスティック・ディレクター
川崎陽子 塚原悠也


KYOTO EXPERIMENT 共同アーティスティック・ディレクター

川崎陽子

株式会社 CAN、京都芸術センター アートコーディネーターを経て2014-2015 年、文化庁新進芸術家海外研修制度によりHAU Hebbel am Ufer劇場(ベルリン)にて研修。近年はジャンルを横断したプロジェクトの企画・制作を行う。KYOTO EXPERIMENTには2011年より制作として参加、2020年より共同ディレクターを務め、2023年の成果に対し令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2026年より京都芸術センター ディレクター。

塚原悠也

関西学院大学文学部美学専攻修士課程修了後、NPO法人ダンスボックスのボランティア、運営スタッフを経て、アーティストとして2006年パフォーマンス集団contact Gonzoの活動を開始。2020年、演劇作品『プラータナー:憑依のポートレート』におけるセノグラフィと振付に対し「読売演劇大賞」スタッフ賞を受賞。

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