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“あさあさ”な言葉の「正しさ」の正体に“ふかふか”と迫る――劇言語の可能性を探るチェルフィッチュの新たな挑戦 文:梅山いつき

2023.9.20

東京公演より 撮影:前澤秀登

今年8月に吉祥寺シアターで初演を迎えたチェルフィッチュ『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』。言葉の大海へと船出するような、劇言語の可能性を探る新たな挑戦の芽吹きを感じさせる上演だった。
『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』は、言葉をめぐる「正しさ」の正体を暴き出そうとする作品だ。本作は2021年にチェルフィッチュが始めた「ノンネイティブ日本語話者による演劇プロジェクト」として開かれたワークショップやトークイベント、オーディションを経て選出した俳優とともにつくり上げられた。このプロジェクトは日本語が母語ではない参加者たちとの数回によるワークショップによって、多くが考える言葉の「正しさ」から解放し、日本語が母語ではない俳優の、演劇への参加の機会を創出する試みである。では、言葉の「正しさ」とは一体何か?本作はその正体を問う。
舞台は宇宙船イン・ビトゥイーン号のグリーンルーム。装飾のない無機質なスペースを横切るように蛍光灯が吊り下がっている。スペースの中央、ちょうど舞台と客席の間を隔てるように、四角い枠が置かれており、宇宙船の大きな窓に見立てられている。登場人物は4人の乗組員、アラシ・ナニシヲワバ、オニヅカ・ツツイヅツ、ブスジマ・チクブシマ、シラトリ・アマツカゼと、ヒト型ロボット・ヨシノガリさん、地球外知的生命体<サザレイシさん>だ。人名としては珍しい彼らのファーストネームを漢字になおしてみると、名にし負はば、筒井筒、竹生島、天つ風、吉野ヶ里、さざれ石となり、百人一首や伊勢物語といった古典や遺跡、国家にちなんだ、和テイストでややナショナリスティックな響もする名称であることに気づく(もちろん違う由来も考えられるが)。彼らに課された任務もまたきな臭い。乗組員たちには地球外知的生命体に「わたしたちのこの言葉」を教えるというミッションが課されている。これは文部科学省による、著しい言葉の衰退を食いとめるための「異次元の対策」らしい。この言葉とは舞台上の使用言語が日本語であることから、日本語であると推測される。
日本には太平洋戦争下、占領したアジア諸国で現地住民に日本語の使用を強制した過去がある。言葉を教え、使用を強制することで、日本国民としてのナショナルアイデンティティを植えつけようとした。本作の乗組員たちに課されたミッションにそのような目的が含まれているかは定かではない。彼らの言動にそのような意図は透けて見えず、むしろミッションとも、「わたしたちのこの言葉」として話される日本語とも距離を置いているようだ。そんな冷めた態度は、日本が犯した侵略行為への批判的な眼差しに見えなくもない。
距離を感じさせるのは舞台上のパフォーマンスが演技であることを意識させる異化的な仕掛けにある。宇宙船はミッションを果たすべく宇宙を漂っているが、そこに思いがけず現れたのが地球外知的生命体の<サザレイシさん>だった。出現の瞬間、気を失っていた乗組員たちは、<サザレイシさん>が機内に現れた時がどうだったか確認すべく、出現の前後を劇として再現しはじめる。舞台には、こうしてはじまった再現劇を脇から見守る人物もおり、彼らは台本のような紙の束とステージ中央で繰り広げられる乗組員たちのパフォーマンスを見比べつつ見守っている。


東京公演より撮影:前澤秀登

再現が一通り終わると、本作は終わりを迎える。終盤、落ちともとれる、劇全体を包むもう一回り外側の枠組みがほのかに示されるが、それについてはここでは触れない。ミッションが<サザレイシさん>との遭遇で達成されたのか、それによって何が乗組員たちにもたらされたのかなどといったことははっきりと示されることはない。再現劇のなかでは、言葉をめぐる議論が繰り広げられ、音のレベルにまで分解して言葉を捉えなおそうとするところまで発展していく。そうして言葉とは何か?という壮大な問いを提示し、かつ、先述した異化的な仕掛けによって「わたしたちのこの言葉」として、舞台上で話される言葉をもこの問いの俎上に上げてみせるのだ。すなわち、出演者たちがいかに言葉を操っているかに焦点が当てられるのである。
先に触れたように、本作は日本語が母語ではない出演者による上演だ。いわゆる標準語のイントネーションと比べると「なまり」の強い日本語が舞台上では飛び交っている。ここで注意したいのは、先述した異化的な仕掛けの下、演じられていることだ。出演者たちがいかに発語し、言葉を操るかも演技の範疇であって、ノンネイティブ日本語話者だからなまっていると捉えるのは短絡的なのである。だが、実際どうだったのかといえば、わたし自身は日本語を母語として使用するため、劇中、日本語が「わたしたちのこの言語」として用いられることから、特に意識することなく「わたしたち」の一部に自分をカウントし、異化的な仕掛けに気づきながらも、出演者たちが発語する言葉を「わたしたち」とはやや異なるものとジャッジしてしまう衝動を禁じ得なかった。
そのような無意識の選別を見透かすようなやりとりが、ヒト型ロボット・ヨシノガリさんとオニヅカ隊員との間で起こる。ヨシノガリさんは、自分にも感情があることをかねてから乗組員たちが認めようとしない素ぶりをとっていることに不満を抱いていた。乗組員たちは何をもって自分たちと同じかどうかを判断しているのか。オニヅカ隊員が、言葉を話せるかどうかが自分たちと同じかどうかを判断する上で重要だと答えると、ヨシノガリさんは自分も言葉に問題がないだろうと反論する。するとオニヅカ隊員は、ヨシノガリさんの言葉はアルゴリズム(コンピュータープログラムで問題を解決するための手順)だから、自分たちの言葉とは違うと言うのであった。では、何が違うのか。オニヅカ隊員は「感覚的な話」であってうまく説明できないと答える。
この感覚的にしか説明できないというのが、言葉の「正しさ」の正体なのではないだろうか。感覚というのがある種の免罪符、言い逃れになっている。そもそも標準語というものは人工的なものであって、実際、日常生活においてはさまざまな日本語が飛び交っている。にもかかわらず、舞台上ではそうなっていない。本作の意図はそのことへの問題提起でもある。
さて、上演中、たびたび客席から笑いが起こったが、特に印象深かった場面に触れておきたい。

アラシ隊員
<サザレイシさん>のその問いかけは、深いです。

<サザレイシさん>
深くなどあるものか。当たり前のことを言っているだけの浅浅だ!

ブスジマ隊員
いやいや<サザレイシさん>にとってはもしかしたら、当たり前のこと言ってるだけの浅浅なのかもしれないけどわたしたちにとってはやっぱりなかなか深深ですよ、あ、ふかふかと言ってもお布団とかのふかふかではなくてですね、まあでもそんなこと言わずもがなだと思いますけど<サザレイシさん>には。釈迦に説法。使い方ちょっと違うか。違くないか。それが問題だ。

いかにも深く感じられる様を「深深(ふかぶか)」と言うが、「ふかふか」とは言わない。「浅浅(あさあさ)」は聞きなれない言葉だが、軽々しい、あっさりといった意味の古い言葉だ。深深、浅浅といった同じ単語または語根を重ねて一語とした複合語や、さらさら、きらきらといったオノマトペを畳語といい、意味を強めたり、複数性や、反服、継続などを表したりする。畳語は日本語以外の言語にもみられるが、日本語は多い方とされる。先のやりとりはこうした日本語の特性に則った言葉遊びであり、日本語のパロディーにもなっている。こうでなければならないという規則性が破られたことによる開放感が客席の笑いを誘い、言葉が新たな方向へ動き出す躍動感を印象づけた場面だ。終盤出てくる、<サザレイシさん>の台詞のなかでも新しい言葉の姿が描写されている。

新しく生み出される単語の大半はそのような音ならざる音から構成されるもので必然的にあるだろう。そのように変貌した言葉は、その言葉をわたしたちの言葉と呼んでいた者たちにとっていまだにわたしたちの言葉と呼ぶことが心情的に可能な言葉ではもはやなくなっているだろうが、言葉にとってそれは少しも問題ではなかった。

言葉は常に動き、変化し続けている。その躍動感をいかにして舞台に取り込めるか。岡田利規は、演劇は日本語の可能性を広げる最良のメディアであると述べている。本作を第一弾として、今後さらに岡田たちのプロジェクトが深化することを期待する。
『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』を含む、KYOTO EXPERIMENT 2023のShowsプログラムには、「言語(身体言語を含む)」や「継承」、「アイデンティティ」をめぐる作品が並ぶ。ディレクターズメッセージによれば、これら3つの概念はどれもさまざまなものが混ざり合いながら存在しているものだ。一方、いまの国内外の状況では混交を嫌い、分断と二項対立的な思考が顕著になっている。そんな状況に対し、可変性や流動性、複数性を思考の軸のひとつにすべく、掲げられたキーワードが「まぜまぜ」である。これも、「ふかふか」や「あさあさ」と同じ畳語だが、思い返せば、昨年のキーワードは「てくてく」、一昨年は「もしもし」であった。今年のKYOTO EXPERIMENTでは何がどんな塩梅で「まぜまぜ」されるのだろうか。開幕が待ち遠しい。

 

<執筆者プロフィール>
梅山いつき(うめやま・いつき)
演劇博物館で現代演劇に関する企画展を手がけ、現在、近畿大学准教授。アングラ演劇をめぐる研究や、野外演劇集団にスポットを当てたフィールドワークを展開している。著書に『佐藤信と「運動」の演劇』、『アングラ演劇論』(共に作品社、AICT演劇評論賞受賞)、『六〇年代演劇再考』(水声社)など。

 

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