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【レポート】アート・舞台芸術関係者向けの「アートトランスレーター」勉強会

2020.11.1

Photo by Kim Song

「アートトランスレーター」の仕事とは?

席に着くと机には「アートトランスレーターの仕事だと思うものにチェックをつけてください」と書かれた紙が一枚置いてあり、そこには「言語を別の言語に翻訳する」という通訳者の仕事を表すものから「作品への出演」「海外アーティストの身の回りのお世話」「チーム間に起こる不和を解決する」といった一見通訳や翻訳とは関係が無さそうなものまで書かれていました。生活する上で目にする通訳や翻訳の仕事といえばニュース番組の同時通訳や書籍の翻訳などですが、そこに「アート」がつくとどう変わるのでしょうか。どの項目にチェックをつけるか悩んでいるにうちに講座は始まりました。

通訳者が持つパワー

2020年10月31日・11月1日に、「アートトランスレーター」 通訳特別講座2020 が開催されました。これに先立って、通訳者と舞台芸術の現場のスタッフが互いの仕事をもっと知って助け合おうという目的の下、KYOTO EXPERIMENT の制作者向けの講座が非公開で開催されました。講師の田村かのこさんはArt Translators Collectiveの代表です。アートにおける通訳・翻訳を行う団体であるATCは10名ほどで活動しており、展覧会カタログの翻訳からアーティストの制作のアテンドまで幅広い業務を行っています。講座はアートトランスレーターの仕事はただ言葉を訳することではないという話から始まりました。アートトランスレーターという職業名は田村さんご自身が作られたのですが、その仕事は翻訳の可能性を広げると同時に、アートや表現の可能性を広げるというものです。芸術における通訳には作品に影響を及ぼす大きなパワーがあります。通訳者の責任はとても大きく、例えば、アーティストが話した言葉を通訳者が訳せなかったら、その言葉は観客に伝わらないまま通訳者の中で消えてしまいます。アーティストの一番近くにいる生身の人間だからこそアーティストの言葉をニュアンスを変えずにそのまま伝えることが重要で、アーティストや作品の内容を大切にしなければならない立場であるからこそ一般的な方法とは異なる翻訳・通訳を提案することもあると田村さんは述べました。通訳・翻訳者の立場から芸術にまつわるコミュニケーションの可能性に注目した田村さんは、札幌国際芸術祭2020でコミュニケーションデザインディレクターを務めています。展覧会と観客を繫ぐあらゆる部分を監修する立場として、アートが専門外の方にもわかりやすいようにプレスリリースを読みやすくレイアウトしたり、YouTubeで芸術祭にまつわるトピックについての動画を配信したりしています。

 Photo by Kim Song Gi

アートにおける通訳のキーワード

講座ではアートにおける通訳の特徴を表すキーワードとして「クリエーション」「ディレクション」「メディエーション」が挙げられました。クリエーションは作品の創作に加担しているという責任・覚悟を持つこと。また、会議などの一般的な通訳と異なり、アートの翻訳には「ディレクション」が必要になります。その現場ではどのようなコミュニケーションが必要で、どのような通訳が適しているのか主催者とともに方針を考えることが大切です。そしてメディエーションは全員と一緒により良い現場を作ること。情報を正しく伝えることが求められる立場であるからこそどのような情報であってもそのままを伝えることを気をつけていると田村さんは述べました。そして通訳における予習の大切さも講座の中で伝えられました。通訳者は登壇者が話せばすぐ通訳できるわけではなく、登壇者が話す内容を正しく伝えるために毎回膨大な量の予習をし準備しているそうです。予習する内容は登壇者の作品テーマにまつわるトピックに限らず、アーティストの出身国の歴史、時事問題、影響を受けた作品の英語名と日本語名などなど多岐に渡ります。そして十分な予習をするためには主催者側と協力し、事前にアーティストについての情報やイベントの詳細などの細かな資料を準備してもらうことが大事なのです。

今回の通訳講座ではいかに言葉が芸術に影響を与えているかを学びました。例えば演劇や映像作品のセリフが全て外国語だったら、そして例え日本語に翻訳されていたとしてもその内容が間違っていたら、観客はその内容を誤って解釈してしまいかねません。また、ワークショップやリサーチにおいても言葉や文化の壁をどのように調整するかによってその成果や作品は変わってきます。例えば、制作過程でアーティスト自身が言った言葉を訳す際に、通訳者はニュアンスをいくらでも変えることができてしまいます。制作の段階での通訳によって完成作品の質にも違いが生まれるのです。

最後に田村さんは、「アートトランスレーターの仕事だと思うものチェックリストに書かれた物事は全て私が仕事でやったことのあるものです。」と明かしました。アーティストの一番近くにいるからこそどこまでを仕事として線引きするかの難しさもあるそうですが、アートトランスレーターによって作品の質や現場のコミュニケーションが向上し、表現の可能性が広がるのです。2021年春に開催予定のKYOTO EXPERIMENTでも翻訳や通訳が必要となる場面は沢山あります。その裏には主催スタッフ、トランスレーター、そしてアーティストとの多様なコミュニケーションがあると考えると、また違った芸術祭の楽しみ方も見えてくるのではないでしょうか。

文・構成 松本沙英(KYOTO EXPERIMENT アンバサダー)

講師プロフィール

Photo: Ittetsu Matsuoka

田村かのこ

アート・トランスレーター、Art Translators Collective代表。現代アートや舞台芸術のプログラムを中心に、日英の通訳・翻訳、編集、広報など幅広く活動。人と文化と言葉の間に立つメディエーター(媒介者)として翻訳の可能性を探りながら、それぞれの場と内容に応じたクリエイティブな対話のあり方を提案している。非常勤講師を務める東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻では、アーティストのための英語とコミュニケーションの授業を担当。また、札幌国際芸術祭2020ではコミュニケーションデザインディレクターとして、展覧会と観客をつなぐメディエーションを実践している。NPO法人芸術公社所属。

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