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【コラム】アイデンティティのコントロール  内田春菊

2021.2.16

フェスティバルプログラムをより楽しむためのコラムです。このコラムとあわせて、ぜひ楽しんで欲しいおすすめプログラムも紹介しています。(KYOTO EXPERIMENT magazineより転載)

 アイデンティティには沢山のジャンルがあります。
 だいぶ昔の話ですが、しつこい新聞の勧誘の人に「家のものに聞きませんと」と、なんでも夫に聞かないと決められない妻のフリをしたこともあります。
 売り込み、勧誘の人々は「ご主人」「奥さま」と人の趣味も聞かずに連発しますよね。
 かかってきた電話の相手が
「奥さまでいらっしゃいますか」
 と聞いてきた場合、最近の私は「違います」と言いながら切ることにしています。
 ここで切らないと、声だけ若い私は
「お嬢さまですか?」と聞かれるのです。
「違います」と言うと、
「ではお手伝いさんですか」
「奥さまでもお嬢さんでもないって、どういうことですか」
 と粘ったその女性に、「結婚してません」
と馬鹿正直に答え、
「あ~ぁ」
 と鼻であしらわれて電話を切られたことがあるのです。
 それ以来、「奥さま」という人の電話は切ります。早くこうすればよかった。どっちにしろ、勧誘の電話がかかってきていい話だったことはないのです。
 既婚女性は、そんなに「奥さま」と呼ばれるのが好きなのか? 私は、子と買い物に行って、「おかあさん」と呼ばれるのも嫌でした(日本語の通じる海外に多い)。私はあなたの母ではない、あなたにとって私は「お客さん」では? と思うのです。
 もちろん、子がいるからといって私を「ママ」呼ばわりする男とは付き合ったこともありません。そういう習慣を持つ人は多々見かけますが、大変不気味に思います。
 私の一番年少の息子がこの春高校を卒業し、父兄会に行かなくてもよくなりました。素晴らしい解放感です。
 父兄会に参加中、どこかの子の母の、
「おにいちゃんが風邪ひいちゃって」
という発言に、「おにいちゃんとはこの人の兄なのか、しかし子のような言い方なので、この人の家において『兄立ち位置』にいる子どもの話なのだろうな」などと考えなくてもよくなりました。
 失礼しました、テーマは性と老いでしたね。当然閉経して、60代にもなっています。50代なかばごろに最後のBFと別れ、もう恋愛はいいか……と思った頃にがんの治療をすることになり、そのまま恋愛とお酒はやめました。お酒はともかく、恋愛はやめない方がいいとか、本当にやめるのか? という忠告や質問をいくつも受けました。恋愛は生命の輝きのようなものと思っている人が多いようで、恋愛しないことは元気がなくなっているということだと心配してくれているようです。
「やっぱり一生、恋はすべきだよ!自分はいっつも恋してるから」
と言う人が既婚者だったりするのが、私には理解できません。この人は、この発言を結婚相手の前でもするのでしょうか。
 その昔、結婚するときになって、
「もっと遊んでおけばよかった」
と悔いる人がいましたが、いまだに意味がよくわかりません。結婚したら出来ない遊びとはなんなのか……。それとも、この人は恋愛を遊びと言っているのだろうか。
 ですが、あえてこの言い方にあてはめてみますと、私は、自分の人生に於いてはもう充分に恋愛したのです。
 でも、恋愛のようなシーンも作品で描くし、ラブソングも歌います。過去の貯金を引き出しているような感じもしますし、想像でどうにかしているときもあります。人の恋愛話を聞くのも嫌じゃありませんし、それによって情報量も増えているでしょう。お酒は飲まないけど、飲んでいる人たちとノンアルコール飲料で楽しく過ごしているときと似た感じです。
 逆に、恋愛経験がなくても恋愛の話を描くのが好きな人もいるはず。そして、閉経したからと言って突然老人ぽくなるわけでも、男のようになるわけでもありませんでした。この年になったら、どんな服を着たら悪目立ちしないのかしらとは考えますが、
「ほんとにもう恋愛しないんですか、内田さんいい女なのに」
 なんて言われると、途方に暮れます。褒めようとしているのはわかるので怒りませんが、嫌悪感しか残りません。私が女性っぽく見えるのは、単にそういう身だしなみをしただけであって、恋愛しないこととはなんの関係もありません。
 ここで実は困るのが、日本では「恋愛」に「セックス」を入れずに話したり、都合のいいときだけ入れたりする人がどうも多いこと……私は入れたい派なんですけど、私一人ではどうしようもない案件であります。
 ここでそろそろ若い人たちを見て思うこと、というお題に移りましょう。私が文章の書き方を教えている大学生たちに、アイデンティティについて先日書いてもらいました。
 すると、日本独特なのかどうか、彼らは私のその昔(および現在)と同じように、外見から勝手に判断された彼ら像の押し付けに困らされているのでした(特に女性)。
 変わってない!
 日本人はなぜ、相手に「あなたはどんな人なのか」「どう接して欲しいか」と聞かず、勝手に察してズレたまま接するのだろう。本当に困りますね。
 しかし、一方では不特定多数にモテるために、化粧や服などを「モテ傾向」にしてしまおうという文化もあるようです。これがまた私にはわからない。キャバクラなどで働くなど、必要とされる場合は仕方ないでしょうが、不特定多数に好かれたら、大変に面倒くさいのではないだろうか。自分が好きな人にだけ好かれる方がいいのでは……?
 私は一時期、着物をよく着ていました。今もたまに着ます。着ると、きちんとして来たという印象を持ってもらえるようです。「着物女はモテない」というインタビューを読んだこともあるのですが、違うような気がします。必要以上に男性ホルモン値の高い老人などが、馴れ馴れしく声をかけてきます。すごく優しい女に違いないと勘違いするようです。たいへん迷惑なことです。
 さてわたくしは、漫画家、作家の他に、俳優、歌手、映画監督などの仕事をしています。ペンネームの名付け親である秋山道男(故人)がなんでもやる人だったので、来た仕事が出来そうだったら受けているうちにこうなりました。これを書いている今は漫画の原稿が上がったところですが、その前は映画の撮影現場で俳優をしてました。
 演技の仕事をしてるときは、漫画を描いてることは忘れています。控室で他の出演者に「いろんなことやってるんですね」と言われて思い出します。ライブでも、昔は歌を歌うので精一杯だったので、MCの時間がすっごく嫌いでした。なのに、ライブのアンケートにはMCの感想ばかり。もしかして歌の方はダメなのかと悩んだりもしました。今はそんなことで悩みません。MCも苦じゃなくなりました。つまりは「アイデンティティの切り替え」がうまくなったのです。最近の言い方では「擬態」でしょうか。例えば、買い物に行けばちゃんと近所のおばあちゃんの顔をし、病院に行けば元がん患者の顔をし、というような感じです。
 顔をしてる気になってるだけで、変装まではしません。大学の講師などは、どういうのが講師らしいのかわからないので、何もしません。
 私の大好きな演出家の鈴木裕美ちゃんは、稽古中、演出と関係ない(本当は深い所で関係あるのですが)話をするときは、
「これは余談ですが」
と、必ずそれによって俳優たちの時間を使ったことを詫びます。素晴らしいことだと思います。
 なので、私もなるべく余計な話をしないようにと気をつけながら、大学の授業(リモート)を行っています。文章の勉強に来てる人々なので、みな自分のスタイルがあります。伝わりやすさが出るようにアドバイスするのが仕事です。
 ここまで書いて、大学の講師の仕事をすごく嫌がっていたパートナーがいたことを思い出しました。
 恋愛したり、結婚したりすると、相手には必ず私の仕事について
「これはやって欲しいけど、これはやって欲しくない」
 というのがありました。はっきり言わなくても、やって欲しくない仕事の時はさりげなく邪魔したり、不機嫌になったりします。私の稼ぎで生活している場合も同じです。なぜ嫌なのか説明してくれることはなかったので、もしかしてこの仕事嫌?と気づいた時は、色々と想像するしかありませんでした。
 結果、だいたいにおいて、「なんならそれはオレがやりたいのに」ということが多かったと思われます。その人は、自分こそが大学で教えたかったのです。教えるようなことを持っていたわけでなく、スピーチが大好きだったのです。大学の講師とは、沢山の学生の前で延々得々としゃべる事だと思い込んでいたのです(たまに同じ勘違いをしている人(主に男性)がいます)。
 恋愛しなくなると、私が一番うんざりしていた、こういうパートナーからの嫉妬、支配などを浴びずにのびのびと仕事が出来るので、大変快適です。それもまた一興、と思える心の広い人は恋愛し続ければいいと思います。自分のしたい仕事は邪魔されずに決められる、これもまたアイデンティティの話でしたね。

撮影:鈴木親

内田 春菊
1959年長崎市生まれ。クラブ歌手などを経て1984年漫画家デビュー、脚本家、俳優、歌手も職業とし、1993年「ファザーファッカー」で小説家にもなる。離婚3回、子ども4人、猫は3匹。大正大学非常勤講師。

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#アイデンティティ #世代 #漫画家

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