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【劇評】吉水佑奈「日常」を描く——『父の歌 (5月の3日間)』

2021.5.19

この批評文は、2021年3月24日から28日までオンライン配信が行われた演劇作品ウィチャヤ・アータマート/For What Theatre 『父の歌 (5月の3日間)』について執筆されたものです。批評プロジェクト 2021 SPRINGでの審査を経て、ウェブマガジンへの掲載批評文のひとつとして選出されました。選出批評文についてはこちらをご覧ください。

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「日常」とは何か。ウイチャヤ・アータマート/For What Theatre『父の歌 (5月の3日間)』は、家族の会話から浮かび上がる「日常」の姿を注意深く見つめ、思考することを求められる作品である。

当初京都での上演が予定されていた本作品は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けアーティストたちの来日が不可能となったため、活動拠点であるバンコクで事前に上演・収録された映像を、期間限定で配信する形態へと移行した。作品内ではタイ語が使用され、画面下部に日本語・英語の訳文が字幕表示された。

本作は、中華系タイ人の姉弟による軽妙な会話で構成される。父の命日、ふたりは彼を偲ぶため実家のキッチンへ集う。そして不在となった父の椅子と共に、小さな食卓を囲みながら、互いの近況や思い出を語り合って夜を過ごす。表題から明らかなように、本作の主題は「父 (の歌)」と「5月の3日間」にある。

「5月の3日間」は連続した日付を指すのではなく、「2015年5月17日」「2018年5月19日」「何年かあとの5月22日」と年の異なる5月の夜であることがテロップで表示される。いずれの夜も、ふたりの小気味良い会話には確かな親密さがあり、そこには久しぶりに会った姉弟の「日常」がある。それは日本で画面を見つめる私にとっての「日常」や、私と家族の久々の会話と何ら変わりのないものに感じ、親近感を覚える。とはいえ上演が進むにつれて、私たちはいま観ている画面内の〈ふたりの「日常」を築いている存在〉を感じ取り、それについて考えるようになる。

その〈存在〉は、3日間で語られるふたりの近況のなかで少しずつ姿を現してゆく。第一場「2015年5月17日」の会話では、弟はシンガポールの大学院でアート・アンド・カルチュラル・マネジメントを専攻しながら政治的な演劇を上演していることを語り、姉は非難めいた言葉を含めながらその活動について訊ねる。一方の姉は気だるげに、自身の経営していたヨガスタジオが閉鎖することになり、一転して屋台料理の店の経営を目指していることを話す。閉鎖の理由は語られないが、弟はそれを問うことも、大きな驚きを見せることもなく、スマートフォンに目線を落としてばかりいる。続く第二場「2018年5月19日」の会話では、姉の経営の計画は順調ではない様子が伝わり、一方で弟は三年前と変わらず演劇を続けていることを語る。そして第三場「何年かあとの5月22日」では、父が好きだったというケーキを向き合って食べながら、今日行われる「未来を決める選挙」について語り合う。弟は演劇のオーディションを受けてから、姉は友人と始めた食レポ批評クラブでマラソンをしてから投票に行くと話すなかで、ふたりが投票する政党はそれぞれ異なっていることがわかる。姉は「お互い好きなようにすればいいね」と言い、弟は首を何度も軽く振って同意する。

こうした会話から、私たちはふたりが生きる「日常」を築いているもののなかで、とりわけ政治の存在を意識せざるを得なくなる。それは、全く「日常」と乖離するものでなく、むしろ〈「日常」を築いている存在〉として常にある。なかでも、政治的な演劇や、経営難・選挙といった断片は、ふたりが置かれた社会的・政治的状況を想起させるものであろう。しかし本作では、政治という言葉そのものは殆ど登場しておらず、とりわけ強調されているわけではない。また、ふたりの会話は冗談や口論を交えながら、気だるげな雰囲気のなかで断続的に紡がれている。つまり、私たちが見ているのは家族の他愛ない「日常」会話であることを忘れてはならない。むしろ、「日常」会話であるからこそ、「日常」そのものが築かれている状況、その状況を作り出している政治の存在を強く感じるのである。

本作のもうひとつの主題である「父」もまた〈存在〉を感じさせる断片である。「父」の話題はふたりの会話の多くを占めているが、「父」は故人である姉弟の父のみを示すのではなく、父が好んだ中華圏の歌手であるレスリー・チャンやテレサ・テンも親しみを込めて冗談まじりに父と呼ばれ、父が聴き歌っていた彼・彼女らの歌を、ふたりも聴きながら口ずさむ。ところがその一方で、ふたりは父の好む米の硬さやケーキの種類、喫煙習慣などで何度も言い合うのであり、父を偲んで集まっているにもかかわらず、生前の彼に関する記憶は曖昧であることがわかる。さらにこの記憶の曖昧さは、3日間の日付の違いにも示されている。命日は特定の日付であるはずだが、ふたりは「父さんは17日に死んだんだよな?」などと確認するようなやりとりをし、結局正確な日付は劇中で明らかにされない。好みだけではなく命日までも憶えていないのにもかかわらず、実家に集い、父のために食事などを用意しているふたりの姿は、滑稽なものとして私たちの眼に映る。

しかし〈ふたりの「日常」を築いている存在〉を感じている私たちにとって、テロップで表示される日付の違いを、ただ面白がるだけに留めることは出来ないだろう。第二場が始まることを示す「2018年5月19日」のテロップは、この物語が連続する3日間を描くものではないことを知らせるとともに、これら異なる日付が有する意味への興味と疑問を私たちに抱かせる。

当然ながら、これらの日付はただ無作為に選ばれたものではない。これらの日付は、タイの現代史において重要な意味を有しており、〈存在〉を浮かび上がらせる断片のひとつである。第一場の「5月17日」は、1992年に民主化を目指すデモ隊と軍部の衝突が起こった「暴虐の5月事件」の日付であり、第二場の「5月19日」は、2010年に公正な選挙を求めるデモ隊を治安部隊が強制排除した日を示す。さらに第三場の「5月22日」は、2014年に国軍が軍事クーデターを起こし、現在まで続く軍事政権が始まった日を示す*。このように、ふたりが過ごす父の命日の三つの日付は、滑稽さを演出するだけではなく〈ふたりの「日常」を築いている存在〉を示すものとして機能している。

また劇中の会話は、「日常」が物語内に留まらない、現在のタイのそれであることも示唆している。例えば第一場「2015年5月17日」で、姉は以前観に行った弟の演劇が「政治の演劇」であり「ふたりがただ座って話している」ものだったと語る。これはまさに今、私たち観客が観劇している作品——ふたりの人物が舞台中央にただ座って話しているもの——を暗に示しているように捉えられる。この会話が行われる時点で、私たちは「5月17日」の後に続くふたつの日付とそれらの有する意味を知り得ないが、現在観ているこの作品が、姉の非難する「政治の演劇」であり、画面の向こうに居る俳優たちは弟と同じような状況にあることを感じ取る。すなわち、弟の演劇をめぐる会話によって、本作で描かれる「日常」は、俳優を含むアーティストたちにとっての「日常」として捉えることができるのである。その結果、私たちは登場人物の日常を覗き見ることや、その会話の滑稽さを楽しむことだけを体験するのみならず、この作品が制作されている「日常」そのものへと、そして〈それを築いている存在〉へと思考をめぐらせるのではないか。

このように、本作は他愛のない会話のなかに様々な断片を散りばめることでその「日常」を描き、同時にそれ自体を暴こうとしている作品であると言える。だからこそ私たちは、彼らの「日常」を注意深く見つめ、思考することが求められるのである。

作品終盤、薄暗いキッチンはようやく朝を迎え、頑丈な格子のついた窓の外から静かに差す光のもとで、姉弟は父の写真と共に三人で米と鶏肉を食べる。「政治の演劇」として本作を捉えるならば、この終盤が民主化を目指す人々にとっての希望を描いていることが窺える。

果たして、日本で画面を見ている私たちにとっての「日常」とは何によって、どのように築かれているのか。私たちは自身の「日常」を注意深く見つめ、思考することが出来ているのだろうか。

*本作とタイの政治状況に関しては、以下を参考にした。福冨渉「「父の歌」と傷を抱えたタイの日常」KYOTO EXPERIMENT 2021 SPRING 公式ホームページ https://kyoto-ex.jp/magazine/sho-fukutomi2021s/(2021年4月12日最終閲覧)。

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吉水佑奈 (よしみず ゆうな)

1994年生まれ。神戸大学大学院人文学研究科芸術学専修博士後期課程在籍中。現在はアントナン・アルトーの「残酷演劇」について、上演性の観点から研究を行っている。

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