2023
9.30
-
10.1
演劇
magazine
2023.9.14
去る2022年6月10日、滞在制作のため来日していたタイのアーティストであるウィチャヤ・アータマートを招き、共同ディレクターの川崎陽子と塚原悠也をまじえて、京都芸術センターにてトークイベントを行った。
アータマートは、タイの歴史的な出来事の日付に着目して創作を続けており、トーク前半では日付と作品を照らし合わせる形で、アーティストとしてのこれまでの歩みを語った。
近年ヨーロッパ各地で上演を重ね、KYOTO EXPERIMENT 2021 SPRINGでも映像配信で好評を博した『父の歌 (5月の3日間)』は、中華系タイ人の姉弟が父の命日を迎える物語であるが、作中に登場する3日間の日付もまた、タイの現代政治における重要な出来事と紐づけられている。
KYOTO EXPERIMENT 2023でのアータマートの新作『ジャグル&ハイド(演出家を探すなんだかわからない7つのモノたち)』は、この2022年の滞在制作の経験が活かされる形で発表予定となっている。
以下の2022年のトークイベントにおけるアータマートと共同ディレクターとのやり取りを通して、作品が立ち上がる際の創作プロセスを覗いてみてほしい。
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アータマート
最近の作品で、私は未来の日付を設定することが増えてきました。『父の歌』では、全部で3つの5月の場面が登場するのですが、再上演に際して新たに設定し直し、最後の場面は発表した2018年当時での未来の日付を設定しています。その後、KYOTO EXPERIMENT 2021 SPRINGで上演したバージョンでは、2019年から21年にかけて、その最後の場面というのはだんだん何年か後の未来という形にして上演をしてきました。
未来の日付を設定するのは、私たちが現在進行形の出来事、状況の中にいるからです。そこから未来に対してどうなっていくのかという問いを投げかけることであり、あるいは未来に対していくつかの希望を示すということでもあります。2020年は市民による大規模なデモ活動が行われた年です。さまざまなグループがさまざまな主張をしていて、大きなものとしては王室改革というものがあるし、あるいは中高生や大学生のグループが路上に出て、さまざまな要求をしていたり、タイにおいては非常に大きな激動の年であったわけです。
そのようなこともあり、KYOTO EXPERIMENT 2023で発表する作品ではタイにおけるさまざまな日付の大切さというものをはっきりと伝えようと思いました。
川崎
ありがとうございます。タイの歴史ってこんなに複雑なんだということを私もアータマートさんと仕事をするまで全然知らなくて、日本で報道されていることがあまりにも限られているんだということにはじめて気がついたっていう感じなんですけれども、もしかしたら今日のトークに来てくださってるみなさんもそうかもしれないなと思っています。
同時に、それがでは別の遠い国で起こっていることかと言うとそうではない。日本ではどうなのかと考えると近代化の流れの中で、この国に民主主義はどう作用しているのかとか、あるいは今の政治状況で果たしてこの日本ではどういうことが民主主義と言えるのかとか、非常に考えさせられるなと、毎回お話していると思います。
ある種西洋的な思想からもたらされたデモクラシーが一体アジア諸国ではどのように作用しているのか、その中で我々はどう生きて行くのか、というようなことはおそらくずっと考えなければいけないことだと思っています。アータマートさんはそれをアーティストの視点からどう考えるのか、ということを常に実践されている方だなと、今日改めてお話を聞いて思いました。
折角なので、トークにご参加いただいたみなさんからコメントや質問などがあればと思うのですが、いかがですか。
参加者
KYOTO EXPERIMENT2023で行う公演のリサーチが始まったばかりだと思います。KYOTO EXPERIMENTとしてアータマートさんに新作を依頼するにあたっての期待、こういうことをやってもらえるのではないだろうかとか、アータマートさんの特性から何か楽しみにしていることがあると思うのですけど、まずそれをKYOTO EXPERIMENTに聞きたいのと、アータマートさんから現在新作について思っていることがあればお聞かせいただければと思います。
川崎
まず私から先にお答えします。
2023年に発表いただく新作でご一緒することになったのは、KYOTO EXPERIMENT 2021 SPRINGで発表した『父の歌(5月の3日間)』も踏まえてですが、それより遡ると岡田利規さんとタイの小説家ウティット・ヘーマムーンさんがコラボレーションされた『プラータナー:憑依のポートレート』という演劇作品がありまして、その作品の演出助手をアータマートさんがされていて、出会ったというのが最初のきっかけではあります。
『プラータナー』もかなりタイの近現代史に言及するものだったので、アータマートさんは歴史上の出来事の日付とさまざまな出来事の絡まり方やドラマトゥルク的なことも含め作品制作の中で貢献されていました。
大きな流れとそうではない個人としてその中でどう生きるのか、またある種のシステムの中で見過ごされるような偶然性や、そういったことをどう作品化していくかというアータマートさんの視点がすごく面白いなと思っていて、『父の歌』を2021年に招聘しました。『父の歌』はすでにツアーとしていろんな所を回っている作品だったので、時代が変化していく中でアータマートさんが今考えてることは何かということに並走するような作品を一緒に作れたらいいなという念頭のもとに『父の歌』を上演して、次は新作を……とか言っている間にコロナになってしまいました。
そんな経緯を経て、ますます時代が急激に変化していく中でアータマートさんと2023年に作品を作れるということで、時代への一致点というんですかね、そういうものを体験できることを期待しています。
新作では、今日のトークの前半の話の中で出てきた、今までの作品での小道具の扱い方みたいなことが主題になってきそうです。その小道具の扱いの中で必ず伴うユーモアというか、「それそうしちゃうの⁉︎」みたいなことの面白さというのが、シリアスに時代と向き合うだけではない、アータマートさんの作品の魅力だとも思います。
塚原
これまでアータマートさんがどういうふうに社会を目指しているかっていう方法論を常にアップデートしていきながら、特定の社会的なトピックスを取り上げてきたということがあったんですけど、今回の作品は自分の今までの流れをもう一回全部振り返るような作品ということです。
ほんまに今めっちゃ説明したいんですけど、言い過ぎるとネタバレしそうなので、あと1年ぐらい待ってほしい。ただ脚本はもうほぼできてるっていう驚異のスピードで進んでいます。
アータマート
これまである程度の期間をかけて仕事をしてきたのですが、タイの観客向けに何かを創るときと海外の観客向けに何かを創る時は、それぞれの観客への向き合い方が違います。タイの観客向けに何かを語る時には一つの語り方がありますが、タイの文脈を全く理解していない観客に向けて何かを語る時はまた全然違う方法が必要で、きちんとそれぞれの物事の由来などを説明しなければいけない部分もあります。
そういった状況があったので、真ん中の場所というものをひとつ新しく用意して、自分自身の思考であるとか、自分がどうしてさまざまな比喩を作品中で使うのかとか、なぜこれまであえて直接何かを語らないという方法をとってきたのかとか、そういったことをきちんと説明すると同時に自分自身の仕事をもう一度見直す場所を用意したかったんです。
川崎
アータマートさんの作品には、政治的な理由で直接的な表現をできないことがたくさんある分、その変換の仕方がとてもクリエイティブで、「なんでそんなこと思いつくの⁉︎」みたいなものがたくさん散りばめられています。おそらくそれは、タイの観客には理解できる人もいると思いますが、日本ではどうなんだろうねみたいなことや、今回の新作でどこまでどう説明すべきかしないか、みたいな話を、この滞在制作の中でしてましたね。
塚原
『プラータナー:憑依のポートレート』に僕もセノグラフィーや振付で参加しました。
アータマートさんが演出助手で参加していたという話が出ましたが、この作品の現場である俳優がU2のTシャツを着ていて、「U2やん、懐かしいなー」みたいな話をしてたら、「いや『U2』やねんけど、これ見方によっては『112』に見えるやろ」と。つまりそれはタイの法律にある不敬罪、王室に対する中傷・侮辱を罰する不敬罪を定めた「刑法112条」の番号のことで、それをメタファーとして表しているという説明をされて、さすがにそれは暗号みたいなものだなあと。
わかる人とわからない人の差が極端にあって、そういう表現ををしないと伝えられないという状況があるんだと思いました。そういうことを聞くだけで、日本でできることとタイでできることの差があまりにも大きいと実感します。ただ、こうした表現にまつわることはタイだけではありません。上演前に脚本を提出しないといけないという検閲がある国は世界中にあったりして、そういう違いが話していると見えてくるというのがありました。
アータマート
そうした社会や政治の状況による違いや、それによる表現のあり方を、次の作品で皆さんと共有できることを願っています。
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KYOTO EXPERIMENT 2023でのウィチャヤ・アータマートの作品は、9月30日~10月1日に京都芸術センター 講堂にて上演される。また、9月24日には、プレイベント「ウィチャヤ・アータマート『父の歌(5月の3日間)』上映会&トーク」も実施。
2022年時の構想が作品としてどのように結実したか、ぜひ目撃してほしい。
☞詳細はこちらから
ウィチャヤ・アータマート / For What Theatre『ジャグル&ハイド(演出家を探すなんだかわからない7つのモノたち)』