2023
10.21
-
10.22
演劇
magazine
2023.9.26
マリアーノ・ペンソッティ / Grupo Marea『Los Años(歳月)』の上演に向けて、Action Inc.代表の比嘉世津子氏によるレビューをいただきました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
偶然の出会いで予期せぬ未来に辿り着くことがある。内なる衝動に取り憑かれ、気づくと、若い頃、想像していたのとは違う自分になっていて愕然とする。『Los Años(歳月)』は、そんな一人の男の人生を過去(現在)と現在(未来)で同時進行させながら、映像という記憶をシームレスにつなげ、観客を巻き込み、時空を浮遊しながら濃密な物語が展開される舞台である。
まず、舞台装置からして、シンプルなのに贅沢だ。シンメトリーに並ぶ二階建ての二つの部屋。舞台向かって左側が2020年、舞台向かって右側が2050年。内装や家具は少し違うが、同じ部屋だと分かる。部屋の主はマヌエル。2020年では間もなく30歳になる希望に満ちた若き建築家だが、2050年では、60歳になろうとするドイツ在住の映画の教師だ。この二つの空間と、第三の空間(セットの外と時には二つの部屋が転換して作る一つの大きな空間)で時間が融合しながら、マヌエルを中心に30年の物語が始まる。わずか五人の俳優と映像の中の少年ラウルと共に。
口火を切るのは語り手でもある2050年のラウラ。マヌエルの娘だ。下手の空間でエジプト人が発明した歳月の話をすると、2020年の部屋に自分を妊娠中の母クラウディアとして、するりと入る。一週間前に亡くなったマヌエルの父親(舞台俳優で劇場を持っていた)の部屋に引っ越して来たばかりで、マヌエルは亀のマルガリータを探している。
次にクラウディアを演じていたラウラは、軽やかに2050年の部屋に移る。そこには久々にブエノスアイレスに戻り、やはり亀のマルガリータを探している30年後のマヌエル(2020年とは別の役者)、ラウラの父がいる。この軽やかな時空の移動、最初は戸惑うかもしれないが、慣れてくると快感になる。舞台とは、なんて自由なんだ!と。他の俳優たちも、別の役で、または同じ役で、左右の空間を自在に行き来する。これは、二次元の映像にはできない芸当だが、物語が進むにつれ、この舞台に映像が不可欠なことが分かる。
2020年のマヌエルは、フランスのル・コルビュジエ財団からの助成金でブエノスアイレスの建築を撮ると言う、ドイツ人の映像作家、マティアスに友人の建築家テオドーラと共に協力している。三人がコンピュータを見始めると、2020年の部屋の二階に突如、美しい映像が流れる。アルゼンチンには、欧州建築を見本にした建物が多いが、ラプラタと言う街には、南米で唯一のル・コルビュジエ建築の私邸、クルチェット邸があり、世界遺産になる前に無謀にも邸内で撮影された劇映画まである。そんなアルゼンチンの模倣建築ドキュメンタリーに財団が助成金を出す皮肉がふんだんに語られる。
腕を怪我したマティアスから撮影を引き継いだマヌエルは、ある日、廃墟になった建物の窓に人影をみる。2020年の部屋の二階に、今度は手持ちカメラのドキュメンタリー映像が流れる。マヌエルは好奇心で建物に入り、そこに一人で住むラウルという少年に出会う。なぜ、彼は、ここで一人でいるのか?ラウルの謎を追ってカメラを回すマヌエル。時間をかけ距離を縮めながら、来る日も来る日も、取り憑かれたようにラウルを撮る。
この時の想いを2050年のマヌエルがつなぐ。建築家から映像作家になったのも、30年ぶりの上映のためにブエノスアイレスに戻ってきたのも、このラウルのドキュメンタリーが注目を浴びたからだ。2050年の二階にラウルの映像を流しながら、マヌエルは当時の衝動と興奮を振り返り、今を考える。なぜ、ドイツなんかで灰色の生活を送っているのか、と。
それでも暗くならないのは、丁々発止の会話とブエノスアイレス特有のブラックユーモアが満載のペンソッティの脚本の力だ。南米の欧州だと自虐的に捉える2020年のマヌエルたちが話題にするのは、もう一度、スペインの植民地になってEUに入ろう!と訴える「新植民地党」。それが2050年には唯一、経済対策を考える党として躍進している。2050年の通貨が中国元なのも、2001年の財政破綻以来、常にアルゼンチンペソの大暴落と物価高騰にさらされていることへの皮肉だし、マヌエルがラウルを探しにいく2020年のスラムは、2050年には気候変動で沈んでしまったオランダの移民で大盛況。ラウルが逃げ込む「子供共和国」も軍事政権下の遺物で、誰もが当時、何が起こったのか歴史を共有し、見ないふりはしない。
一人もがくマヌエルに愛想を尽かしながらも、風を吹き込むのが30歳の娘、舞台役者のラウラだ。祖父の劇場を立て直し、芝居を上演しようと邁進している。まるで2020年のマヌエルのように。2050年は、録画された映画よりも現実の人が出る演劇が大盛況で、コロナ禍以来、人々が対面を求めるようになりSNSも廃れた。変化のきっかけとなった自分の生まれ年、2020年を上演したいと、ラウラは自分の脚本を父親に聞かせ、そこから思わぬ展開になる。父と娘は口論を重ねながら、30年という歳月の重力を受け入れ、踏み台にして跳べる未来があるかもしれないと思い始める。
劇作家であり映像作家でもあるペンソッティと舞台美術、音楽と制作者で作るGrupo Mareaが可能にした、この奇跡の舞台は、俳優たちと共に全身全霊で観客に誘いをかける。
未来を作るのは、あなたたち、一人ひとりなのだと。
<執筆者プロフィール>
比嘉世津子(ひが・せつこ)
Action Inc.代表。
NHKBS1ワールドニュース、スペインTVE通訳。
スペイン、ラテンアメリカの独立系映画の字幕、配給、邦画の海外展開。
2016年、映画「エルネスト」の台本翻訳、キューバロケ阪本順治監督通訳。
2023年9月1日公開の森達也監督「福田村事件」海外担当。
スペインのカルロス・サウラ監督の遺作2作品を2024年公開に向け準備中。