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【プレイベント開催レポート】『リンチ(戯曲)』を読む会(オンライン開催) 文・山口紀子(ライター・編集者)

2024.10.16

©︎前谷開

KYOTO EXPERIMENT 2024の「Shows (上演プログラム)」として、10月25日〜27日に上演されるパフォーマンス作品『リンチ(戯曲)』。羽鳥ヨダ嘉郎による戯曲を振付家の余越保子が演出した作品だが、上演に先駆けて戯曲を読む会が、9月11日と18日の2回にわたってオンラインで開催された。

本戯曲は、令和2年度の第20回AAF戯曲賞(主催:愛知県芸術劇場)の大賞受賞作品である。 “リンチ”という不穏さを漂わせるタイトルを与えられ、戦時下の日本に関する文献からの引用、身体の細部に関する描写が無数にコラージュされた本作は、一読しただけでストーリーを理解するのはかなり難しく、発表当初は上演不可能ともいわれていたそうだ。だからこそ、テーマや意味を自分なりに読み解いて味わい、考えていく魅力にあふれているともいえる。本企画はその醍醐味を、自分たちの手でつかみとって体験してみようという試みだった。
司会に演劇プロデューサーで、2022年に愛知県芸術劇場における本作の舞台プロデュースを手がけた山本麦子さん、ゲストに行動学者の細馬宏通さんを迎え、初日は「シーン1」、2日目は「シーン2」をオンラインでつながった参加者とともに輪読。互いに感じたこと、考えたことを自由に話し合い、さまざまな批評性や重層性に満ちた作品世界に迫っていった。

☞ 羽鳥ヨダ嘉郎・作『リンチ(戯曲)』のテキストはこちら

【シーン1を読む】
新鮮な感動と発見。声に出して戯曲を読むことで、
物語の輪郭が徐々に立ち上がっていく。

初回の9月11日は、2幕構成である本作の「シーン1」を読んでみる日。音読参加者9名、聴講参加者5名ほど(筆者もその一人)が揃い、マイクチェックを兼ねた読み手の自己紹介を終えると、早速音読をスタート。山本麦子さんの提案で、前半は登場人物の配役をせずに9名で輪読し、後半は演劇のように配役をすることで、それぞれの読み方がもたらす演出効果も楽しみながら戯曲を読み進めていった。
ここでは、初めて本戯曲を目にする方に向けて、冒頭部分を引用する。

___________

あなたにみられている必要はない。耳の頭の上が平面につく。

素人   脱ぐには? というのも、力を入れたことがないんです、私は。でも入れられますか?

お袋  鳥肌が立っていたらどんなにいいだろう。毛に運ばれることができるのだから。
襟首をつかんでほしい。人が寝ているのを見たことがないし、私とは似ていないだろう。

胃に刺さっているチューブを見る人は痛い。

素人 痛がられている……。

出典:令和2年度 第20回AAF戯曲賞受賞作品『リンチ(戯曲)』作・羽鳥ヨダ嘉郎より
(発行:愛知県劇場)
____________

場面設定は一切なく、主語のない謎めいたト書きに、誰もがのっけから面食らったことだろう。演じられ、みられることを前提とした戯曲でありながら、それを拒絶するかのような一文。耳の頭の上とは、もはや耳ですらないのか。床なのか板なのかもわからない「平面」という抽象性にも、つかみどころのない不穏さを感じる。そして「素人」と「お袋」という登場人物は一体何者なのか。2人の会話は破綻しているようで、ギリギリ成立しているようにも感じられ、どこか歯がゆい……。

そんなことを考えながら、輪読で紡がれていく9人の声に耳を澄ませていると、やがて自分で黙読していた時との作品の印象が、大きく異なることに気付かされた。ことばを音として聞くことで、最初は脈絡がないと思っていたセリフとセリフ、ト書きの「間」で度々寸断される彼らの会話に、意外なつながりがあることが見えてきたのだった。時には丁々発止の会話もあり、その掛け合いも耳で聞くとなお心地よい。さすがは極限まで鋭く磨き抜かれた戯曲のことば。声を介することで、朧げながら物語の輪郭や断片が立ち現われていく体験は、とても新鮮なものであった。

作品上演に必要な舞台設定とは?
想像をめぐらせ、物語の奥へ踏み込んでいく

約1時間をかけてシーン1を読み終えた後は、細馬宏通さんのリードで読み手と聴講参加者が一緒になって、気づいたこと、感じたことを共有し合う時間へ。とその前に、細馬さんからシーン1の末尾に記された20件近い参考文献について「戯曲の一部としてとらえるのがよいでしょう」とのアドバイス。一覧に目を通すと、戦前や戦後の日本・アジアに関する文献や報道資料が多いようだ。どうやら作中で、時々饒舌に語りはじめられる話は、この内容と深い関係があるらしい。

はじめに、参加者と細馬さんが話し合ったのは、「この物語の舞台設定は何か?」について。登場人物は何人いて、舞台背景や装置、小道具には何が必要だろうか? 戯曲の土台となる部分と向き合うことで、この抽象的な物語世界の扉をこじ開けてみようという試みだった(同時に、ここから舞台化をする演出家の気持ちが少し想像できそうだ)。
「4名(プラス野次の声)」「人間らしきものが2名、あとは空気やモノのように実態のない存在がいくつか」という意見もあれば、「0人」「0または1人のデジタル的世界」という意見も(能楽の夢幻能のように現実世界ではない、過去の記憶や痕跡が漂う世界なのでは?という考察理由も)。細馬さんは「どの方の発想も興味深くて、ぐっときちゃうよね」とにこやかに語りながら、発言者一人ひとりと対話し、発言の奥にある真意を引き出していた。
一方、想定される舞台装置については、ベッドや風呂、チューブなどの単語が見られることから「介護の現場ではないか?」という意見も。だとすれば「素人」は介護従事者の見習い、「お袋」は寝たきりで介護される側とも解釈できそうだ。そして「**」と記号化されて登場する外国人らしき人物はおそらく……? 参加者の発言をきっかけに、物語の解像度が深まっていく時間も楽しいものであった。

続いて話し合われたのは、本作における「ト書き」の特殊性について。戯曲のト書きは通常は「登場人物の動作や行動」「舞台設定・演出の指示」だが、冒頭の引用からも分かる通り、この戯曲にそのような常識は存在していないらしい。「あたかもト書きに人格があって、メタ的に戯曲を見ているように感じた」という人もいれば、「ト書きと「素人」が対話しているように思われる箇所もあり面白い」という人も。このト書きに注目して戯曲を読み進めることで、より大きなテーマがみえてくる気がした。

他にもさまざまな角度から意見交換が行われて盛り上がり、第1回目は終了。物語の全貌こそまだ見えていないが、示唆に富んだ参加者と細馬さんのコメントに導かれ、誰もがその「手がかりのようなもの」を自ら想像し、手繰り寄せていった豊かな時間だったように思う。

【シーン2を読む】
次第に変化していく人物たちの関係性、
身体に対する執拗なまでの描写の連なり。
タイトル「リンチ」が意味するものとは?

第2回(9月18日)は「シーン2」を音読し、戯曲のラストまで読み上げていく日。1回目からの継続参加者は半数ほど、ここに新たな参加者が加わり、フレッシュな視点を交えながら『リンチ(戯曲)』の作品世界のさらに奥深くへと迫っていった。

読後は細馬宏通さんとの対話でシーン2の理解を深めてから、戯曲の主題についてのディスカッションへ。シーン2について印象的だった議論は、主要人物と思しき「素人」と「お袋」の関係性が、シーン1と比べ大きく変化していることについて。またシーン1同様に、「お袋」が身体の感覚や器官を実況中継していくのだが、ここにも変化や進化があるようだ。こうした点をさらに自分で掘り下げていけば、本作の主題にさらに肉薄できるような予感がした。

そして議論はいよいよ、戯曲のタイトル【リンチ】が意味するものへと進展していく。いわゆるリンチの意味で捉えられそうだが(=法的手続きを経ずに、私的に暴力的制裁を加えること)、だとすれば、本作では誰が誰をリンチするのだろう?
参加者からは「介護が本作のひとつのテーマだとしたら、身体接触がある介護の日常にも暴力性があることを示唆しているのではないか?」「全体を通し、視覚的に“みる・みられる”関係が幾度か描かれていた。無自覚に他者を“みる”ことにも差別や暴力性が内在するのでは」という意見もあがった。意外な視点では「人格を持つかのようなト書きによって、読者であるわたしたちの時間、行動も強制的に管理されているように感じた(コロナ禍の自粛警察を思い出した)」「膨大な参考文献をリンチして作られたとも考えられる」というコメントも。
一方で細馬さんは、参考文献にハンセン病の隔離政策の資料が多数あることを指摘。作中で繰り返される皮膚やその内部感覚に関する実況と、“皮膚の病変(見た目)”によっていわれのない誤解と差別を強いられてきた患者たちの抵抗を「重ね合わせてみることもできるのではないか」と提起していた。

さまざまな議論を聞くうちに、この戯曲が内包するテーマや批評性を、もはやひとつの解釈で語ることはできないのだと痛感させられた。どうやら本作の醍醐味は、人間の身体やそれを介する人々のありよう、近現代史の影で置き去りにされてきた諸問題(戦争や植民地、差別、社会構造など)が重層的に混ざりあい、ときには相似形や入れ子構造を成しながら展開していく点にあるようだ。ここに難しさがあるのだが、好奇心や想像力を持って読む一歩を踏み出せば、驚くほど濃密で多彩な視点に出会うことができる。この日の参加者は、こうした作品世界の豊かな広がりや面白さをそれぞれで発見し、じっくりと味わっていたようだった。

全2回、計6時間をかけて、参加者の方々と『リンチ(戯曲)』の世界を旅するなかで、自分ひとりではたどりつけなかった風景や感情に出会えたことは、本作だけでなく「戯曲とは何か?」について考えるきっかけにもなったように思う。今回のKYOTO EXPERIMENT では、愛知県芸術劇場で2022年に初演された作品が上演されるが、これを「戯曲のひとつの解釈(アウトプット)」として、答え合わせのように楽しんでみるのも良さそうだ。制作現場の話によれば再演にあたり、戯曲に立ち返った再創作のプロセスも複数加わっているという。気鋭の振付家 余越保子はダンスを軸にした演出で、本戯曲をどのような物語へ進化させていくのか?こちらにもぜひ期待したい。

 

<執筆者プロフィール>
山口紀子
ライター・編集者。舞台芸術に関する主な仕事に、『KYOTO EXPERIMENTマガジン』編集(2022-2024)、『ハロー!文楽』(大阪市・公益財団法人文楽協会/2019、2021)執筆ほか。

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