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「父の歌」と傷を抱えたタイの日常|福冨渉

2021.3.21

Photo by Wichaya Artamat

3月24日からオンライン配信がはじまる、ウィチャヤ・アータマート/For What Theatre 『父の歌 (5月の3日間)』。タイ文学を研究し、今回の配信用映像の字幕も担当いただいた福冨渉さんに、作品の背景にあるタイの社会状況について解説いただきながら、コラムをご執筆いただきました。オンライン配信鑑賞の前にぜひご一読ください!
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『父の歌』は、ある中華系タイ人の姉弟が迎える父の命日を描いている。父の供養のために実家に戻ってくるふたりの、軽妙だが穏やかな会話の続く作品だ。作中の舞台は一貫してバンコクにあるふたりの実家だが、物語のあいだに日付が進む。はじめは2015年5月17日、その次が2018年5月19日、そしてそれから何年かあとの5月22日という、「5月の3日間」が描かれる。

ふたりの会話は一見、たわいない。互いの近況を尋ね、米の炊き方で口論し、父についての思い出を好き勝手に語る。くすりと笑える家族の日常を覗くような作品だが、少しだけ目をこらしてその後景を見ると、その日常がはらむ緊張が浮かんでくる。

そもそもこの姉弟は、軍事独裁政権の支配下で暮らしている。2014年に軍事クーデターが起きたタイでは、2019年の総選挙を経て、いまだに実質的な軍政が続いている。言論統制のもとで活動家、言論人、アーティストの弾圧が続く状況は、政治的な演劇を上演している (らしい) 弟にも危険を及ぼしうる。

いっぽう、有名ミュージシャンのチャリティマラソンに参加し、ヨガに夢中になる、典型的なバンコクの保守的アッパーミドルに見える姉は、そんな弟のふるまいを揶揄したり、ゲイであることのカミングアウトを迫ったりする。政治的な立ち位置の (表面化されない) 差異は、社会的な分断と対立が家族関係にも影響していることを示す。

だが同時に、決して好調なわけではない軍政下の経済は、姉の生活にも影響を与えている。経営していたヨガスタジオは閉鎖の憂き目にあうし、所有していた自動車は手放さざるをえないからだ。

ふだんは離れて暮らす姉と弟が再会する、作中の3日間の日付も見てみよう。ふたりが父の命日のつもりで集う日付は、それぞれの年で異なる。この記憶違いは、それだけ見ればたしかに滑稽だ。だがそれぞれの日付がタイの現代政治の文脈ではらむ象徴性を考えると、滑稽なだけにはとどまらない。

5月17日――1992年に「暴虐の5月」事件が起きた日。前年に起きたクーデターからの民政復帰を目指す総選挙の後に、陸軍総司令官スチンダーが、当初の発言を覆して首相に就任する。それに反発するバンコクの市民が反政府集会を開くが、軍がその制圧のために発砲し、多数の死傷者を出す。

5月19日――2010年の「強制排除」の日。東北タイ出身の市民を中心に構成され、2006年のクーデターで追放されたタックシン首相を支持するデモ隊は、公正な選挙の実施を訴えて連日のデモを開催していた。時の首相アピシットは治安部隊を投入し、このデモ隊を強制排除する。多くの市民が命を落としたほか、バンコク市内の有名デパートが炎上するなど大きな物的被害を生んだ。

5月22日――2014年の軍事クーデター。タックシン元首相の追放以降、主にバンコク都市部の市民を中心とする反タックシン・王党派と、地方出身の低所得者層が構成する親タックシン派の対立は激化を続けた。その混乱を仲裁する名目で、2014年のこの日に国軍がクーデターを起こし、2021年には7年を迎える軍事政権の支配が始まる。

わたしたちが舞台上に目にするのは、タイ現代史に深く刻まれた生傷を抱えたまま進む姉弟の日常なのだ。作中、ふたりがそれらの傷について具体的に語ることはない。だがその傷を意識すると、家族の穏やかな日常の見え方が少し変わる。それは、この作品で回顧される「父」の存在についても言えることだ。

『父の歌』では、何人かの「父」が言及される。まずは故人となった姉弟の父。この父の供養や好みをめぐって続く姉弟の会話 (口論?) が本作の物語を駆動する。それとは別に、父が好んで聴いた中華圏の歌手たち、レスリー・チャンやテレサ・テンも、特定のジャンルや歌唱スタイルを代表する人物という意味で「父」と呼ばれる。姉弟が部屋に流す『月亮代表我的心(月は何でも知っている)』の響きが、実の父のことも、歌手としての「父」たちのことも喚起するのだ。

だがそこには、たしかに存在するのに語られることのない「父」もいる。タイの「国父」たる国王だ。姉弟が父のことを思う3つの日付は、タイ現代史における大きな暴力を示すものでもあり、タイの国王が大きな政治的影響力を発揮したできごとを示すものでもあるのだ。

1992年5月17日の「暴虐の5月」事件では、国王ラーマ9世が市民と軍の対立の仲介役として立った。メディアを効果的に利用したそのパフォーマンスは「市民を守る王」としてのイメージを強化した。

かたや2010年5月19日の強制排除で「反王室」とみなされたデモ隊の人々の虐殺に、国王が同情を示すことはなかった。国父を愛するものしか「タイ人」として認められないという分断が、命の選別すら生んだ。

そしてその分断を埋める名目で起こされた、2014年5月22日のクーデター。だがその実態は、王室ときわめて関係の深い軍が、高齢化するラーマ9世から皇太子 (現ラーマ10世) への、王権の安定的な移譲を目指してなされたものだった。

タイの現代史に刻まれた傷のすべてに、国父の影が重なっている。「父」と「歌」という単語だけで、数多ある国王への讃歌や王室プロパガンダの楽曲を思い起こさずにはいられないタイにおいて、父が「語られないこと」の批評的な意味は大きい。

傷を負ったままの社会を生きながら、国家から与えられた「父」でなく、自分たちにとっての「父」を想う姉弟。その生き方は、権威主義的な統治や国民統合のあり方に抗いながら、より民主的な社会を望む生き方でもある。

作品の第3場となる「何年かあとの5月22日」、ふたりはその日におこなわれる「投票」の話をする。もちろんこれも会話のなかで少し触れられるだけで、それがいったいなんの投票なのか、はっきりとは語られない。だが「未来を決める日」だという姉弟の言葉は、それが長らくおこなわれていない公正な総選挙であることを暗に示す。祈るようなふたりの姿は、2020年の初頭から街に出て民主化デモを続ける、現代タイの若者たちの姿にも重なる。

日常のすべては政治的でもあるし、非政治的でもある。社会の傷も、家族への愛もまとめて抱えて生きていくふたりの姿を描くのがこの『父の歌』だ。

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福冨渉 (ふくとみ・しょう)
1986年東京生まれ。タイ文学研究者、タイ語翻訳・通訳者。株式会社ゲンロン所属。著書に『タイ現代文学覚書』(風響社)など、訳書にプラープダー・ユン『新しい目の旅立ち』(ゲンロン)、ウティット・ヘーマムーン『プラータナー:憑依のポートレート』(河出書房新社)など。
ウェブサイト: https://www.shofukutomi.info/
Twitter: https://twitter.com/sh0f/

ウィチャヤ・アータマート/For What Theatre 『父の歌 (5月の3日間)』
配信期間:3.24 (水) 19:00 – 3.29 (月) 1:00
※チケット販売期間は3.28 (日) 22:00まで
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