2026.9.3 (Thu)
緻密なリサーチと映像、現代アートの手法を横断しながら「権力とイメージ」の関係を問い続けてきたホー・ルイアンが京都で上演する『歴史のすがた/知能の立脚点』について、歴史学者の大知聖子氏にレビュー記事を執筆していただきました。
生成AIをめぐる議論が活発になるいま、人類の知とは何か、そして歴史は誰によって、どのように語られるのかをあらためて問いかけている本作を、歴史や植民地主義との関係から読み解き、そこから浮かび上がる現代社会の危うさについて考察していただいています。
鑑賞前にぜひお読みください。
今、世界は壊れ始めている。気候変動の影響が目に見えて甚大となり、ヨーロッパは熱波に襲われ、ネパールの氷河が溶けて大洪水を引き起こし、日本でも猛暑や豪雨が頻発している。にも関わらず、世界の列強は剝き出しの植民地主義を推し進め、新たな戦争が勃発し、庶民の暮らしはどんどん苦しくなっている。このような危機感を持つ人にはぜひとも観賞してもらいたいパフォーマンスである。
ホー・ルイアン氏はStable Diffusion(ステーブル・ディフュージョン)という画像生成AIを使い、次々とテーマに沿った画像を生成させる。その隣には実際の映像を並べ、両者を視覚的に比較できるように配置させる。そして、ひたすら語る。始まりはちょっとした違和感である。それが段々と確かな恐怖へ変化する。
この作品は、現在の生成AIブームと植民地主義とが分かち難く結びついている点を体感できる仕上がりとなっている。より深く鑑賞するためには両者の仕組みについて予め知っておいた方が良いだろう。
そもそもAI(人工知能)は何を目指して開発されてきたのだろうか。人工的に知能を作り出したとする判断基準について強い影響力を持ち続けているのが、アラン・チューリングの提案したチューリング・テストである。これは判定者に機械および人間それぞれと文字による会話をさせ、どちらが機械であるかを判定者が判別出来なければ合格とする。このような方法は人間の知能の仕組みの解明よりも、人間の知能による生成物の表面的な模倣を優先させる誘因として作用する。結果、AI開発はいかに人間に人間であると誤認させるかが目標となってしまう。生成AIが人工知能として高く評価されているのも、生成物が「人間らしい」、言い換えれば人間が作成したものと誤認されやすい文章や画像などを作り出せるからである。現在の生成AIブームは人間に誤認させることに成功したことを意味するのであり、人間の知能を再現したことを意味する訳ではない。端的に言えば、生成AIは過去に人間が作った作品をバラバラに分解して並べ替え、まだ人間によって作られてはいないが人間が作ったものと誤認されやすいパターンの作品を生成するためのツールである。生成AIは意味を理解せずにランダムに繰り返すだけであることから、確率的オウム(Stochastic Parrots)とも呼ばれている。
以上の生成AIのおおまかな仕組みを理解すれば、「AIが意識を持ち始める」というSFの設定のようなことは起こり得ないことが分かるだろう。しかし、人間側が生成AIの「ふるまい」に対して「これは意識を持っている」と誤解してしまうことはあり得る。なぜなら余りにその成果物が「人間的」であるから。しかし、他者に伝えようとする意味の付与されていないAIの生成した作品に意味を見出すことは、星座に意味を見出すのと似た行為である。その作品に意味が込められていると誤認しているのは人間であり、情報が「正しい」場合を含め、「幻覚Hallucination」を見ているのはAIではなく、実は常に人間なのである。
生成AIと歴史の関係についても同様のことが言える。今後、人間が意味を込めて発した言葉と、確率計算によって並び替えられた文字列が混ざり合い区別がつかなくなれば、その時点で歴史学研究は不可能となるだろう。また、AIの生成する文章が無意味な文字列であるにも関わらず、人間と同様のことができるという誤解が広まれば、歴史学は終わるだろう。
次に植民地主義と生成AIについて考えよう。植民地主義における不可欠な要素として、労働力や資源を奪う経済的搾取がある。まずは労働力の搾取について。現在流行している主要な商業用生成AIモデルはChatGPT (OpenAI)・Gemini (Google)・Claude (Anthropic)・Copilot (Microsoft)などであり、これらの生成AI が出力した結果については人間が確認・修正する作業が必ず使われている。なぜなら生成AIはインターネット上の書き込みなどを主要な学習データとしているため、「下水道」「トイレの落書き」とも揶揄される差別や偏見や暴力を含んだデータを大量に学習しており、人間による調整をしなければ、非常に差別的で暴力的な回答が極めて頻繁に出力されるからである。
ではこの作業はいかなる人たちによって担われているのだろうか。企業の多くは賃金水準が低い国(ケニア・セネガル・フィリピンなどグローバルサウス)の人々や、低賃金を受け入れざるを得ない弱い立場の人々(受刑者など)にデータ業務を委託している。その業務内容は余りに過酷で凄惨である。例えば、性暴力・極端な性的倒錯・獣姦・児童虐待・拷問・人体切断・殺人の画像や動画などをひたすら時給2ドル以下の低賃金で処理させられ、精神を病む人が続出している。AI開発におけるこれらの労働者は自己の生をコントロールする能力を完全に奪われているため、まさに現代の奴隷制と言えるだろう。また、先ほど列挙した生成AIモデルがすべてアメリカの巨大テック企業の製品であり、人間による調整の最も過酷な部分がグローバルサウスで行われている点に鑑みると、これは現代の植民地主義と言えよう。
そして資源の収奪について。エネルギーは主に家庭ではなくAIデータセンターで消費されているため使用者は気が付きにくいが、例えばGoogle検索よりChatGPTへの簡単な質問の方が約10倍の電力を消費する。また、生成AIの核となる技術である大規模言語モデルの開発にも膨大な電気が消費されている。その電力価格を抑えるために、AIデータセンターは電力価格の安い国や地域に作られるため、必然的に化石燃料に依存する割合が高まり、CO2排出が非常に多くなる。電力消費だけでなく、データセンター冷却に使われる冷却水の問題も存在する。AIデータセンターでは膨大な量の清潔な淡水が惜しみなく消費されている。
日本でも気軽に「チャッピーに相談する」という現象が増加している。その裏には膨大なエネルギー消費と現代奴隷制度が存在する。私は歴史学者であるので、研究発表によってこの問題点について指摘する方法を取るが、ホー・ルイアン氏はアート作品を通じて情報を発信する。現在の生成AIブームに対して何か不安を感じているなら、ぜひ鑑賞してもらいたい。
【読書案内】~より深く知りたい人のために~
・大知聖子「歴史学と生成AI」(『文明動態学』No.4、2025年3月)
・ガルギ・バタチャーリャ『レイシャル・キャピタリズムを再考する』(人文書院、2023年。原著は2018年)
・竹下昌志「生成AI:それは誰のためのものか」(『ELSI入門: 先端科学技術と社会の諸相』、丸善出版、2025年)
・ナンシー・フレイザー『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』(筑摩書房、2023年。原著は2022年)
・ヤーデン・カッツ『AIと白人至上主義:人工知能をめぐるイデオロギー』(左右社、2022年。原著は2020年)
・ルヴィンド・ナラヤナン、サヤシュ・カプール著、的場知之訳『AI過大評価社会―AIには何ができて、何ができないか』(草思社、2026年。原著は2024年)
執筆者プロフィール
大知聖子(おおちせいこ)
名城大学理工学部教養教育准教授。岡山大学大学院文化科学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門は中国の魏晋南北朝時代の北魏史研究。代表作は大知聖子『計量的分析を用いた北魏史研究』(汲古書院、2025年)。IT技術、特にテキストマイニングを用いて史料を分析している。最近では生成AIと歴史学の関係を仕組みから考察した研究発表も行っている。