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【インタビュー】サムソン・ヤン

2023.9.25

KYOTO EXPERIMENT 2023 Showsプログラム参加アーティストのひとりであるサムソン・ヤン。サウンド、パフォーマンス、映像、インスタレーションなど、多様な領域を横断するマルチ・アーティストとして活動するヤンが、2019年より発表を続けている展示作品「The World Falls Apart Into Facts」を再構成するのが今回の試みだ。
様々な国を渡り数奇な運命を辿った中国の民謡「Molihua(茉莉花)」に着想を得た本展示は、発表する場所の地域性を盛り込みながら創作を展開していく。初夏に作品のリサーチとして京都を訪れたサムソンに、共同ディレクターの川崎陽子がインタビュアーとなり、作品に込めたメッセージや創作への意気込みを聞いた。

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作品創作のきっかけについて

川崎
今回の作品は、「Molihua」という中国の民謡がモチーフになっています。この曲が、John Barrowによって大英帝国を通してヨーロッパへ「輸入」され、その地での伝播を経て中国に「再輸入」されたことに、着目されていると聞きました。私たちは今年のKYOTO EXPERIMENTのプログラムを通して、言語の変遷やそれにより作られる文化的アイデンティティのあり方、流動性に焦点を当てたいと考えています。ヤンさんの作品は、文化の純粋性や正しさについて疑問を投げかけられているという点で興味深く、私たちの問題意識との接点を感じて展示していただくことになりました。
まず、「Molihua」という歌がもつ歴史的・文化的経緯について注目されることになったきっかけを教えていただけますか。

ヤン
「Molihua」は中国で民謡としてよく知られていて、学校でも教えられていますが、背景や詳細を教えられることは少なく、ただ歌そのものを教えられてきました。ある日、音楽学者である私の友人が、音楽における文化交流についての展示の共同キュレーターを務める中で、「Molihua」を譜面に起こしたJohn Barrowの書物を扱っており、それが興味を持ったきっかけです。彼と関わる中で、「Molihua」が、大英帝国の統治時代であった1804年に楽譜が出版されていたことや、Karl Kambraという人によるチェンバロ (harpsichord) 伴奏のバージョンの楽譜が存在することを知りました。

川崎
当時の中国にチェンバロの楽譜はなかったであろう、という点も含めて面白いということでしょうか。

ヤン
そうですね。ハーモニーというのが全く異質な概念でした。メロディーに対して楽器が同一の旋律を重ねたり飾りをつけるのは歴史的に紐づけができることなのですが、楽器がハーモニーを提供している、ということは、新しく外から来たアイデアだったわけです。なぜ、わざわざチェンバロを追加したのか、ということに思いを巡らせました。
また、自分が知っている「Molihua」のメロディ―は、John Barrowの1804年のバージョンとほぼ一致しているんです。John Barrowは最初に、大英帝国のマカートニー使節団の一員として中国を訪れており、その際に「Molihua」を耳で聞いてその場で楽譜に書き留めたのだろうと考えています。どれだけ正確に記譜できたのかは分かりませんが、その楽譜が今知っているバージョンに近いということです。「Molihua」はその後、日本語バージョンと、中国の音楽民俗学者が書き起こしたバージョンが作られており、この二つは互いによく似ていますが、John Barrowバージョンとは異なっています。よって、今中国で親しまれているバージョンが、1804年の楽譜と類似しているということは、大英帝国にルーツがあると考えることもでき、非常に興味深いです。

作品に現れる「馬」のモチーフ

川崎
作品は、2つの映像とオブジェクトの展示で構成されています。映像の1つでは、馬が音楽の系譜について、「Molihua」、「ケニー・Gと香港ポップ」、「日本の唐楽」の3つの例を出してレクチャーしています。別の映像では、「Horse Togaku」というタイトルの、ヤンさんが作曲された音楽を、果物の衣装を着た楽団が土産物の楽器を交えた編成で演奏しています。レクチャー映像だけでなく音楽の演奏の方でも馬が登場しており、「馬」というのがひとつ重要な表象なのかと思います。なぜ「馬」なのかをお聞かせいただけますか。

ヤン
広東語で、「牛の頭に馬の口」という意味の言い回しがあり、物事の不一致や話していても理解しあえないことを表現する言葉なんです。ただし、マイナスの文脈だけでなく、どうしても解決できない状況に対するユーモアの意味も含んでいます。その言葉が念頭にありました。映像の中には馬がいて、牛のマスクをかぶった人も登場し、これらの要素を用いることで、より複雑性を持った情報を表現したいと思いました。レクチャー映像内で、音楽の系譜というシリアスな内容を馬が厳格なイギリス英語の口調で喋る、という点においてもその意図が反映されており、馬がそういった役割に適していると考えています。

川崎
扱っていることには複雑な文脈がある一方で、ビジュアルとしてはユーモアがあるという点が、ある種のフィクション性のようなものを与えていて面白いですね。映像内で演奏される曲についてもお聞きしたいのですが、この曲は、John Barrowのバージョンの「Molihua」をベースにしながら、それを解体していったという形なのでしょうか。

ヤン
John Barrowのバージョンには歌詞があり、映像内の演奏では、歌詞はJohn Barrowバージョン、メロディーはJohn BarrowバージョンとチェンバロのKarl Kambraバージョンを元にしています。チェンバロを加え、唐楽のサウンドを参照した電子的クラスターコードを入れて、さらに、どんどん速度を落としてメロディーが分からなくなるようにアレンジしています。

川崎
レクチャー映像の中に出てくるものを、演奏の映像の中で混ぜ合わせている、という感じでしょうか。

ヤン
どちらかというとレクチャーにおける様々な要素を、演奏の中で参照しているという形です。レクチャーは情報提供という位置づけで、歴史を追っていきます。対して、パフォーマンスは、より折衷的でユーモアを携えています。「Molihua」は式典や国家主義的な場で演奏されることが多く、そういった背景を踏まえて、馬を登場させて曲をいじってみよう、という気持ちがありました。

これまでの活動について

川崎
ヤンさんはこれまで、サウンドや音楽を扱いながら、領域横断的なインスタレーション作品やパフォーマンスを発表されています。その中には、今回の作品のように、私たちがよく目にしたり聞いているものの裏には別のものがあるかもしれない、というような、知覚する主体の反転や、ある種の社会的・文化的な刷り込みが覆される、というようなことが見受けられるのではないかと思います。さらに、そういったテーマを時にユーモアを交えて表現されるところがヤンさんの作品の面白いところだと思うのですが、そうした点についていかがですか。

ヤン
確かにそういう側面もありますし、それだけでなく私の作品には折衷的な要素があると思っています。今回の作品で言いますと、自分が慣れ親しんだ歌のJohn Barrow版やKarl Kambra版に触れることによっても起こる「他者の耳を通して自分の文化を聞く」ということ。他人の身体になることはもちろん不可能ですが、思考実験としては興味深いと思います。そして、人々が違った視点で物事を見ることができるということを思い出す、という意味でも、面白いことだと思います。

京都でのリサーチで出会った土産用楽器

川崎
「The World Falls Apart Into Facts」は、日本でも既に2回発表されています。今回の展示に際して実施した京都でのリサーチはいかがでしたか。

ヤン
短いリサーチでしたが、京都市内で販売されている土産用の楽器を見て回りました。それらの楽器は実際に演奏することもできますが、観光客向けの商品としても消費されています。美術の文脈で言うと、広東地域は絵画のジャンルで貿易絵画という油絵のジャンルがあり、描かれているのは広東地域の風景なのですが、西洋の技法で描かれており、輸出用の絵画となっています。そういった貿易絵画との接点を土産用楽器にも感じています。今回見かけた楽器の中には、貝殻で作られてて、ポストカードを兼ねた使い方のカードが入っているものがあり、楽器であり、土産物でもあるという、二重の機能を持っていることが窺えました。私はこの作品を発表する際に、いつも現地の楽器をできるだけ取り入れるようにしていますので、今回のリサーチで得たことも反映していけたらと思っています。

川崎
これから秋の展示に向けてどのように発展していくか、とても楽しみです。ありがとうございました。

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KYOTO EXPERIMENT 2023でのサムソン・ヤンによる展示は、9月30日~10月22日の会期中に京都芸術センター ギャラリー南にて開催される。9月30日には、12:30からヤン本人によるギャラリーツアーも予定しており、作品を目の前にしてさらに踏み込んだ話を聞くことができる機会になりそうだ。

展示の詳細はこちらから
サムソン・ヤン「The World Falls Apart Into Facts」

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