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「モア・ザン・ヒューマン」をめぐる、オルタナティブな物語 文:藤田瑞穂

2024.10.10

©Camille Blake

チェン・ティエンジュオ&シコ・スティヤント『オーシャン・ケージ』の上演に向けて、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAチーフキュレーター/プログラムディレクターの藤田瑞穂氏によるプレビュー記事です。チェン・ティエンジュオを初紹介したKYOTO EXPERIMENT 2021 AUTUMNでの個展「牧羊人」を振り返りつつ、今回の新作『オーシャン・ケージ』について執筆いただきました。ぜひ観劇前にご一読ください!

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チェン・ティエンジュオのパフォーマンス作品が、ついに京都で上演される。
日本人のアーティストやパフォーマーを作品に起用し、日本のサブカルチャーにも造詣の深いチェンだが、意外にも日本でのパフォーマンス公演はF/T17での『忉利天(とうりてん)』以来、今回が7年振り、2回目となる。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響で来日が叶わなかったKYOTO EXPERIMENT 2021 AUTUMNでは、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA (*1)にて個展「牧羊人(ムーヤンレン」 (*2)を開催した。同展は、当時の最新作であった《The Dust》(2021)のインスタレーションをメインとして、《TRANCE》(2019)、《ISHVARA》(2016)、《An Atypical Brain Damage》(2017)などの主要な過去作のパフォーマンスをベースに、それぞれ全尺の記録映像を含むインスタレーションで構成されており、ハイカルチャーとサブカルチャー、伝統と現代が交錯し、キッチュでクイア、スピリチュアルでグロテスク……と実にさまざまな要素が混淆するジャンルレスなチェンの作品世界を、その活動の初期から辿るものとなった。加えて、アート・音楽・ダンス・ファッションを横断する自身のレーベル「Asian Dope Boys」でクラブイベントも手がけるチェンは、その身は不在ながらも開幕前の展覧会場にて、自らのディレクションによるライブとDJパフォーマンスを計画し「まん延防止等重点措置」下においても熱き時間を共有できる空間をプロデュースした。当時の状況を考えると仕方がなかったのだが、もし当初の予定通り、音や光が全身に降り注ぎ、温度と湿度、匂いを感じることのできる舞台空間でパフォーマンス作品が上演されたならば、きっと忘れ得ぬ特別な経験となったはずなのに、と少し心残りであった。

とはいえ、パンデミックの渦中に行われた回顧展ともいうべき同展は、チェンにとっての一つの転換点であり、その後の活動にとって非常に意味のあるものとなったのではないかと思われる。それまで世界を飛び回っていたチェンが、ロックダウン下で制作した映像インスタレーション《The Dust》には、以前の作品群とは趣を異にし、動物や他の生き物、かつて人間が作った彫刻だけが存在する世界が描かれている。チベットで撮影された水力で動く祈りの輪、風葬の地、そして農耕や儀式の遺物のショットとCGとが組み合わされた映像によって、生命の始まり、進化、欲望の開花から肉体が滅びゆくまでの物語が展開する (*3)。チェン曰く、自らが帰依する寺院が登場するなど、チベット仏教を信仰することになった個人的な歴史や記憶を辿るような作品になったということだ。

そして、KYOTO EXPERIMENT 2024で上演される新作の《オーシャン・ケージ》は、この《The Dust》の延長線上にある作品だと言えるだろう。インドネシア東部のレンバタ島にある、現在も銛一本で挑む伝統的な捕鯨の手法によって生活を営むラマレラ村でのリサーチをもとに制作されたこの作品には、チェンの活動が、《The Dust》以前の作品にみられる極彩色に彩られた妖艶で超越的かつ抽象的な世界観に基づくものから、次のフェーズへと進んでいることを感じさせられる。死と再生、信仰といったチェンの作品世界を貫くテーマはそのままに、原住民文化と現代の文明の関係、自然との共生、環境と生態系など、「モア・ザン・ヒューマン」の領域に踏み込むクリエーションのなされた意欲作である。

ラマレラ村の人々は、1920年代に本格的にカトリックに改宗させられてはいるものの、その教義は古来の精霊信仰が混じり合ったもので、また精霊となって子孫とともにある存在として祖先を崇拝している。彼らにとってマッコウクジラは、古い慣習を守り、絆を大事にすることによって得られる祖先からの贈り物として祈りを捧げる対象である。ゆえに「クジラ狩り」という言葉は否定されている。毎年のシーズンごとに行われる「クジラ乞い」の呪術的な儀式を経て、クジラが姿を表す気配があれば、漁師たちはすぐさま木造船に乗り込み出発する。多くの人の共同作業によってクジラに接近し、「ラマファ」と呼ばれる銛師が銛一本で挑む。得られたクジラを解体して干し肉にし、それをもとに「山の民」との物々交換を行うという、居住地域の生態系と調和した伝統的な狩猟採取社会が継続されてきた。しかし、この30年ほどの間に押し寄せた近代化の波に揉まれ、400年余りもの間、祖先から伝承してきた文化の存続をめぐって、ラマレラ村の人々は板挟みに直面している。

生存のための闘い、恐怖、畏怖などの感情や、厳しき現実を超越して希望を守るために、ラマレラ村の人々が継承してきた信仰と儀式、またラマレラ村における生態系のあり方に関心を抱いたチェンは、《オーシャン・ケージ》という名の、異なる種の共生に基づくオルタナティブな生態系の物語を描こうと試みる。同作品中でダンサーのシコ・スティヤントは、神、人間、シャーマンというさまざまな立場を体現し、その身体を変容させた超越的な存在を演じている。予告映像で登場する蛇の顔をしたキャラクターは、この地域で古くから信仰される太陽と月を司る神「レラ・ウラン(Lera-Wuran)」をイメージした姿である。このスティヤントの身体、映像、舞台上のオブジェ、バリのバンドであるカダパットと東ジャワ出身のヴォーカリスト、ノバ・ルースによるライブ演奏が重なり合う舞台上で、観客はパフォーマーと同じ空間を共有し、儀式的かつ精神的な物語世界に没入することになる。

満を持して上演が実現するチェンのパフォーマンスは、期待を裏切らずブッ飛んではいるものの、決してファンタジーではなく、現実に根ざした深く複雑な関係を描いたフィクションである。そして「共生」とはいったい何なのかを、わたしたちに真摯に問いかけている。

 

*1 京都市中京区押油小路町の堀川御池ギャラリー内にあった旧展示室にて開催。2023年10月に下京区下之町の京都市立芸術大学新キャンパス内に移転。
*2 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAのウェブサイトにてインスタレーション・ビュー・展示記録映像などのアーカイブを公開している。https://gallery.kcua.ac.jp/archives/2021/7148/
*3 KYOTO EXPERIMENT 2021 AUTUMN開催時のチェン・ティエンジュオのインタビューで詳細が語られている。https://gallery.kcua.ac.jp/articles/2021/7475/

 

参考文献:
石川梵(2011)『鯨人』集英社.
江上幹幸・小島曠太郎(2018)「インドネシア・ラマレラ捕鯨文化の四半世紀」『アジア地域研究』第1号、岡山理科大学経営学部経営学科、35–59.
https://www.mgt.ous.ac.jp/wp-content/uploads/AsiaAreaStudy01_04.pdf(最終閲覧日:2024年10月6日)
ダグ・ボック・クラーク(2020)『ラマレラ 最後のクジラの民』上原裕美子訳、NHK出版.
Tatap, E. Y. (2022). Konsep Lera-Wulan Tana-Ekan Orang Lembata dalam Tinjauan Filsafat Agama Hegel: Suatu Upaya Berdialog in Melintas, 38(2), 189–205.
https://doi.org/10.26593/mel.v38i2.7400(最終閲覧日:2024年10月6日)
Taum, Y. Y., & Baryadi, I. P. (2024). Exploring the Cultural Space of the Lamalera Fishing Community in Lembata Island, Indonesia. Randwick International of Social Science Journal, 5(1), 147–161.
https://doi.org/10.47175/rissj.v5i1.898(最終閲覧日:2024年10月6日)
Theurer, S. J. (2024). Tianzhuo Chen: A Little Bit Sacred, PW-Magazine, Apr 23, 2024.
https://pw-magazine.com/2024/tianzhuo-chen-a-little-bit-sacred(最終閲覧日:2024年10月6日)


<執筆者プロフィール>
藤田瑞穂
京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAチーフキュレーター/プログラムディレクター。博士(文学)。同時代を生きる国内外のアーティストやさまざまな分野の専門家と協働し、領域横断的な展覧会やアートプロジェクトの企画を手がける。編著に『拡張するイメージ—人類学とアートの境界なき探究』(亜紀書房、2023)など。

 

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