2026.8.31 (Mon)
早稲田大学文学学術院教授の藤井慎太郎さんによる、ティアゴ・ロドリゲス『By Heart—心で覚える』のプレビュー記事です。
KYOTO EXPERIMENT 2025で、リーディング公演として紹介した、ロドリゲスの戯曲『不可能の限りにおいて』の翻訳を手掛けた藤井さんに、ロドリゲスのこれまでの活動や作品の特徴、そして、今回上演する『By Heart—心で覚える』の魅力について執筆いただきました。
ぜひ、ご覧ください。
ティアゴ・ロドリゲスが作家・演出家・主演俳優を務める『By Heart—心で覚える』が、2026年10月3・4日、KYOTO EXPERIMENTにおいて上演される。2025年秋に同じロドリゲスによって執筆された『不可能の限りにおいて』が、今野裕一郎演出によるバストリオのリーディング公演として、同じくKYOTO EXPERIMENTにおいて上演されたのに続くものである。世界的に高い評価を博しているロドリゲスの作品が、こうして日本でもさらに知られるようになることを、『不可能の限りにおいて』の日本語訳者としては、まずは率直に喜びたい。
ティアゴ・ロドリゲスは1977年、ジャーナリストの父、医師である母のもと、リスボン郊外のアマドーラに生まれた。リスボンの演劇学校に最下位でどうにか合格したものの、教師から演劇に向いていないと言われたという彼だが、まだ在学中の1997年にtg STANに出会い、翌年からそこに俳優として加わったことが、彼のキャリアにおいて大きな転機となった(tg STANは、ベルギーはアントワープを拠点として、演出家をおかずに俳優のみによって構成され、オランダ語、フランス語、英語といった複数言語を用いて戯曲を現代的に翻案上演し、やはり国際的に高く評価されている集団であり、実はロドリゲスは2013年のtg STAN『ノーラ』公演の際にすでに来日を果たしてもいる)。
2003年には、マグダ・ビザロとともに、劇団ムンド・ペルフェイト(「完璧な世界」)を結成する。2010年代以降、彼が自ら執筆し、演出した作品は、『キリンの人生の悲しみと喜び』(2011)、『By Heart—心で覚える』(2013)、『行間』(2013)、『恋人たちのコロス』(2014、この作品にはポルトガル語版に加えてフランス語版、ギリシア語版が存在する)、『アンソニーとクレオパトラ』(2015)、『ボヴァリー』(2015)、『ソプロ』(2018)、『カタリナ、そしてファシストを殺すことの美』(2020)と、次々に大きな成功を収め、2015年から2021年までポルトガル国立劇場ドナ・マリア2世のディレクターを務めるに至った。
2022年9月、外国人としては初めてアヴィニョン演劇祭のディレクターに就任してからも、彼の創造性は衰えることを知らない。コメディ・ドゥ・ジュネーヴの委嘱で制作された『不可能の限りにおいて』(2022、静岡県舞台芸術センターで2025年に公演が行われた)、コメディ=フランセーズのレパートリー作品として制作された『ヘカベ、ヘカベじゃない』(2024)、NTGentが手がける「演劇の歴史」シリーズの第6作目となる『ノー・ヨーグルト・フォー・ザ・デッド』(2025)、アヴィニョン演劇祭が制作し、同演劇祭で初演された『距離』(2025)がさらに続き、その地位と評価は揺るぎないものとなっている。
さらに特筆すべきは、現在でもなお『By Heart—心で覚える』、『行間』、『恋人たちのコロス』、『カタリナ、そしてファシストを殺すことの美』、『ヘカベ、ヘカベじゃない』、『ノー・ヨーグルト・フォー・ザ・デッド』、『距離』の作品は上演が続いていることだ。これだけの作品が、ときに10年以上にわたって上演され続けていることは驚くに値する。
彼の作品は演劇の形式に自覚的である点においてすぐれて現代的であると同時に、人間性を深く問い直すものである。言い換えれば、ドラマの形式を問題化する点できわめて理論的、さらにいえばポストドラマ的であるのだが、同時に人間的な温かみを感じさせずにはおかないのである。また、多くの作品は比較的簡素な舞台装置のみを用いており、一見したところ彼の演劇は「貧しい演劇」に属するように思われるのだが、それにもかかわらず/それゆえになお一層、豊かな感動をもたらす力と奥行きを持つのである。
『不可能の限りにおいて』は、国際赤十字社、国境なき医師団に所属する30人ほどの人道支援従事者に対して行ったインタビューに基づいた、ドキュメンタリー演劇的な作品であった。作品は、絶望的なまでに支援を必要とする人々の苦しみと、〈可能〉の世界と〈不可能〉の世界の間で引き裂かれる人道支援者の苦しみを露わにする。だがしかし、それは演劇的/再現的な対話によるものではなく、もっぱら人道支援者の独白ないしコロス的な語り——4人の俳優によって演じられ、それゆえに俳優と登場人物は一対一対応の関係にはない——によって綴られ、人間性の可能/不可能を問題化すると同時に、他者の苦しみをもとに作品をつくることは可能であるのかという意味において、演劇の可能/不可能を問い直すことにも成功していた。
このたび上演される『By Heart—心で覚える』は、「記憶」を主題とした作品であり、書物——とりわけシェイクスピアの『ソネット集』——を媒介項として、視力を失おうとしている彼の祖母との特別な関係を軸として、人間を人間たらしめている「記憶」とその限界について問いかける。同時に、ロドリゲスの名前のみが出演者としてクレジットされているものの、この作品は伝統的な意味での「一人芝居」ではまったくないものである。2回として同じ上演はないと言われる演劇の条件を極限まで追求した作品だといえよう。2013年から世界各地で上演を重ねてきたことが証言するように、作家として、演出家として、俳優としてのロドリゲスの魅力と力量を存分に感じることができる珠玉の作品である。京都公演を心待ちにしたい。
執筆者プロフィール
藤井慎太郎(ふじい しんたろう)
早稲田大学文学学術院教授。フランス語圏を中心とするヨーロッパおよび日本の現代舞台芸術、文化政策を専門とする。主な著作に監修書『ポストドラマ時代の創造力』、共訳書『演劇学の教科書』、共編著書『演劇学のキーワーズ』、戯曲翻訳『不可能の限りにおいて』(ティアゴ・ロドリゲス作)、『炎 アンサンディ』『岸 リトラル』『森 フォレ』『みんな鳥になって』(ワジディ・ムワワド作)、『職さがし』(ミシェル・ヴィナヴェール作)など。