読み物

心を飾る 文・上田久美子

2026.8.14 (Fri)

Photo by Christophe Raynaud de Lage

Photo by Christophe Raynaud de Lage

今年のオープニングを飾るプログラムの一つ、ティアゴ・ロドリゲス『By Heart—心で覚える』。
劇作家・演出家の上田久美子さんに、本作について執筆いただきました。
上田さんは、同じくKYOTO EXPERIMENT 2026のプログラム、Asian Playwright Projectで上演される『バルパライソの長い坂をくだる話』(作:神里雄大)の演出も務めます。
今回は、上田さん自身の『By Heart』との出会いをはじめ、2013年の初演以来、世界中を旅し続けている本作の魅力について綴っていただきました。
ぜひ、観劇の参考にご覧ください。


薄いブルーのフランス語版『By Heart』を持っていたはずなのに、どうしても見つからない。日本の両親の家に置いてきたのか、それともなくしたのか。ある一文を紹介したかったのに、本がなくて正確な文章を思い出せない。
暗記していないから。

戯曲が見つからないので、かわりに、それを書いたティアゴ・ロドリゲスがラジオで作品について話しているのを聞いた。祖母について話していた。彼がラジオとか作品の中で、故郷や家族の話をするのを聞くのが好きだ。それはなぜか私に、農村での子供時代を思い出させる。

1919年にポルトガルの北東部に生まれた彼の祖母は、とても聡明だったけど、他の少女たち同様に10歳から働いて読み書き以外の教育は受けられなかった。その一生の大半を彼女は独裁政権下で過ごした。夫と一緒にタヴェルナ(食堂)をやっていた彼女はよく孫のティアゴをつれて買い物に行った。彼女はトマトとか鱈とかを買うとき、全てを値切った。でもたった一つだけ彼女が値切らないものがあった。村の文房具屋にティアゴを連れて行って本を買ってくれる時。本は祖母が値切らない唯一のものだった。本は決して高過ぎることはない、と彼女は考えていたんだろう、そうティアゴは話していた。彼女が読書を愛していたのは、状況への復讐だったのかもしれない、と。
私がうろ覚えの『By Heart』の一文、あれは、視力を失いそうな祖母が、もう読めなくなるだろう本を丸暗記したがった時の話だった。
それについて、なんと書いてあったっけ。「彼女は心の中を言葉で飾りつける」だったか?「文章で内なる家を飾る」だったか?
全然違う?でも、ornerっていう「装飾する」という動詞が妙に頭に残っている。外国語の戯曲では、頭を悩ませる文章の大洪水の中で私が特定のセンテンスを覚えていることなんて普段はないのに。

その文を読んで空想したのを覚えている。何も持っていない寝たきりの老女が、心という家の中に、マホガニーか何かの美しい家具を慎重に置いて並べていくように、そんなふうに身体のなかに美しい文章を格納したというイメージ。
一文が、そのイメージを呼び起こし、私は先に進むのが惜しくて、文字を追うのを中断して、マホガニーの家具が置かれたその家の中にとどまった。私はそこに住んだ。あるいは本が私に住んだのだろうか。

『By Heart』に関しては、印刷された戯曲に先に出会ったのだが、のちにパリのシルヴィア・モンフォール劇場で、作者のティアゴ・ロドリゲスが一人だけで演じる(正確には10人の観客を募って一緒に演じる)この作品を見た。
しかし悲しいかな、先述の一文を彼が口にしたかどうかが記憶にないのだ。それぐらい、すぐに過ぎてしまう一文だったんだろう。あるいは、あれは私が捏造した一文で実際には存在しないのだろうか。

暗記していないのが残念だ。

タイトルは、learn by heart、暗記するっていう英語の表現から来ている。確かに、あの老女が願ったように私も本を丸暗記していたら、いつでも好きな時に本棚から取り出すみたいに参照できたのにな。
紹介文を頼まれたけど、そんなわけで記憶に自信がなくて、あんまり書いたらボロが出てしまうかも。ただ一つ知っているのは、あれは、一人の芸術家の名を、世界に知らせた象徴的な作品ということだ。2013年、彼の名はこの作品とともに世界中を旅しはじめ、今も旅を続けている。

読んだとき、そりゃそうだよな、と思ったことははっきり覚えている。
その形式。世界を旅するのにこんなに適した形式はない。
上演するのに、ティアゴ・ロドリゲスと観客以外になにもいらないんだから。
舞台にあるのは椅子だけ。でも本当は椅子もいらないんだ。音楽も映像もなくて、照明も私のみる限り変化せず、何の変哲もない。教室の冷たい蛍光灯でもできるだろうし、森の木漏れ日でもできる。
故郷を離れ、持ち物も家も失ったときでさえ、この作品は始められる。おそらく暗闇の中でも。抑圧の下でも。
形式それ自体が語っている。
何もかも奪われたときでも人間に残された抵抗とは何か。
命だけを抱えた暗闇の中で、あるいは明日には理不尽に命を奪われるかもしれない場所で、ティアゴと私たちは、この作品を演じられるか。
ラジオのトークは続き、ティアゴは、この仕事をするようになってよかったことを話している。演劇はノマド的な職業で、旅をできることが気に入っていると。
旅行中は本を読むことは減るらしい。家にいる時は動かずして本から世界を読む、でも旅の間は世界を読んでいる、だって。
やっぱりこの人のセンテンスはシンプルだけど妙に記憶に残る。

ティアゴ・ロドリゲスは、2026年の京都から何を読むんだろう。
作品では、有志で舞台に上がってくれる観客を募ると思います。先着10名、演技経験はいらないので、私も立候補するか迷ってます(笑)


執筆者プロフィール

上田久美子(うえだ くみこ)

奈良県の古代集落にある農家に生まれる。京都大学文学部フランス語学フランス文学専修卒業後、東京での製薬会社勤務を経て、宝塚歌劇団演出部に入団し多くの話題作を手掛ける。2022年に退団し、文化庁新進芸術家海外研修制度により一年間フランスで研修。その後も日仏の拠点を往復しながら、芸術と娯楽、伝統と前衛、舞台と客席などあらゆる境界を問い直す創作活動を続けている。
2023年、全国共同制作オペラ『道化師/田舎騎士道』(東京芸術劇場/愛知県芸術劇場)を演出。2025年、蒲田温泉宴会場にて宴会形式のパフォーマンス『寂しさにまつわる宴会』を主催。同年、SPAC秋のシーズン『ハムレット』を潤色・演出。2024年度より公益財団法人セゾン文化財団セゾン・フェローⅡ。

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